第164号コラム:伊藤 一泰 理事(株式会社インターセントラル 取締役副社長)
題:「震災後に見えてきたもの」

東北地方太平洋沖地震により被害を受けられた皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
早いもので、震災からまもなく4カ月となる。この震災がもたらした社会経済への影響や変化を見てみたい。

地震直後、報道によって被害の実態が次第に明らかになっていった。特に津波の被害は、我々の想像をはるかに超えていた。テレビで放送されたショッキングな映像のため、海外では、まるで日本全部が被災したかのような誤解もあったようだ。直接、被災を受けていない人々も、被災地の復旧・復興に長期を要すことがわかり自粛ムードとなった。典型的な例は、ACジャパン(旧公共広告機構)のテレビコマーシャルである。また、原発の問題が日本全体を暗く覆い、世界的な風評被害が拡大した。これは、相当長期化すると思われる。

我々の仕事や生活についても諸々の影響や変化が認められる。電力不足から駅のエスカレータが止められ、照明も無駄な部分が消された。節電のためにサマータイムや平日休業などの勤務体制の変更が実施され、生活パターンの変更が求められている企業も多い。それらの動きは、政治の不安定な状況とも絡みながら、我々が経験したことがない大きな潮流となって我々に意識転換を求めているように思える。

政府・行政や電力会社の企業体質の問題もあぶりだされた。松本龍復興対策担当相は「知恵を出すところは助けるけど、知恵出さないやつは助けない」という問題発言で就任からわずか9日目で引責辞任に追い込まれた。女性問題で更迭された原子力安全・保安院のスポークスマン(某審議官)もしかり。「こんなときに何をやっているのか」と呆れて開いた口が塞がらない。いい加減さと生真面目さが同居した政府・行政・東電の対応が被災者の苛立ちを増幅している。義援金や賠償金は配分方法や手順の正確さにこだわるあまり、未だ被災者の手元には十分行き渡らず、がれきの撤去も進んでいない。そのような現状の中、過酷な状況へ何とか立ち向かい、精一杯、今を生きている被災地の皆様には頭が下がる思いである。そして、東北人の忍耐強さを再認識させられた。

虚実がないまぜになったネット上の流言飛語もあったが、関東大震災のときの流言飛語と比較すると大きな問題にはならなかった。東京湾の上空を焦がした千葉県市原市の石油コンビナート火災。この火災に関して、「工場勤務の方から情報。石油タンクの爆発により有害物質が雲に付着して、雨などといっしょに降るので、外出の際は傘かカッパなどを持ち歩き、身体が雨に接触しないようにしてください!!」というような不安をあおるチェーンメールが飛び交う事態となったが、行政や企業の迅速な対応により、深刻な問題を引き起こすこともなく次第に沈静化していった。結局、タンクに貯蔵されていたのは「LPガス」であり、人体へ及ぼす影響はほとんどなかったようである。この点は、千葉県のホームページに詳しい大気環境データが記載されており参考になる。
http://www.pref.chiba.lg.jp/shoubou/20110312-fuuhyou.html ※リンク切れ

企業経営についてみても、多くの製造業が今回の震災の影響で生産活動に大きな影響を受けている。普段はあまり意識していなかった関連企業の集中的な立地や物流システムの問題点が浮かび上がってきた。自動車用半導体メーカーの被災で、自動車の生産が1カ月以上も止まるという事態は、日本の製造業が過去に経験したことのない被害だ。ほかの業種でも、物流の寸断、原材料の調達難、協力会社の被災等により大きな影響を受けた。当初、自動車各社の生産が完全に復旧するのは10月以降といわれていたが、一部のメーカーは、かなり前倒しの復旧を達成している。そんな中、震災後の復興需要を新たなビジネスチャンスととらえ、新規事業を企画立案するしたたかな企業もある。

今、電力消費の「見える化」が注目されている。東京電力発表の電力の使用状況をもとに類推した値が電気予報として発表されている。これまで全く意識せずに電気を使っていた人々が急に「節電大臣」みたいなことを言っているのもおかしい。あわてて「節電マニュアル」を作成・配布している企業も多い。7月から37年ぶりに罰則付きの電力使用制限令(電気事業法27条)が発動された。帝国データバンクの最近の調査によると、企業の72.7%が節電を実施する(予定も含む)とのことだ。
http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/keiki_w1106_2.html

LED電球や扇風機の需要が高まっている。「冷房運転中の室温28度」を遵守するために扇風機を併用しているオフィスが多い。このため扇風機は売り切れ続出だ。照明に関しても、LEDスタンドを導入して、室内の蛍光灯を消灯する企業もある。昼休みの消灯はもちろんだが、廊下やトイレはセンサー管理により必要時のみ点灯するオフィスもみられる。ある団体のホームページを見ていたら、「秋への業務シフトが可能なものをシフトする」とか「7月から9月にかけて会議開催をできるだけ少なくする」というのもあった。まさに総力戦である。

停電や電圧変動などの電源トラブルによるデータ消失、さらにはシステムの停止といった事態に備え、バックアップオフィスの構築やデーターセンターの活用、BCP(事業継続計画)の見直しも進んでいる。しかしながら、これらの対策を一過性のものにしないために腰を据えた取り組みが求められている。熱しやすく冷めやすいといわれる日本人であるが、今回の震災を転換点ととらえ、冷静さと先を見通す力を鍛えるべきであろう。また、日常生活でもシンプルでスローなライフスタイルへの転換が求められているのではないだろうか。

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