第200号コラム:中安 一幸 氏
(厚生労働省 政策統括官付 社会保障担当参事官室 室長補佐、
北海道大学大学院 保健科学研究院 客員准教授、IDF「医療」分科会主査)
題:「規制改革」

東京都議会でフグの取り扱いを定めた都条例の改正案が成立する見通しで、可決すれば、都内でも10月から、フグ調理師がいなくても、毒を取り除いた身欠きフグ(「有毒部位除去済み」という表示のあるものに限り)を仕入れ、加工、販売できるようになるとの記事を読んだ。
ただ、フグの食中毒は全国で毎年20件以上あるため、フグ調理師がいない店は都に届け出た上で、「身欠きフグのみの取り扱い」という表示をしなければならない。また、身欠きフグだけを仕入れ、仕入れ元の記録を保管することも義務づけるという。

そもそも東京都では、戦後の食糧難の時代にフグ中毒事故が多発したことを受けて、1949年に「ふぐ取扱業等取締条例」を制定し、全国で初めて「ふぐ調理師の試験制度」を導入したが、九州などでは身欠きフグの販売規制はなく、都民がインターネットで、規制の緩い県の店から直接購入することが可能で「規制と流通の実態が合わなくなってきた(都福祉保健局)」こと、また最近は技術の向上により有害部位を残したまま流通することはないとして、都では、安全性も確保できると判断した、とする。(ここまで記事の要約。)

筆者は魚が苦手でかつ高級魚であるフグを食する機会に恵まれるほどの身分でもないため、直接にこの規制緩和の恩恵に与ることはないと思うが、仕事の合間に上記記事が目に留まり、漠然と不安に感じたことがある。

1)「フグの食中毒は全国で毎年20件以上ある」ということと「最近は技術の向上
により有害部位を残したまま流通することはない」ということの関係性
2)消費者はフグの種類やそれごとの毒性などについて熟知しているわけであるまい
ことから、万が一の不都合な事態があってもそれを自己責任であるということが
できず、そうすると自ずと提供者側に大きな責任がかかること
3)有毒部位を除去した状態(半加工の状態)で届いたフグについて、調理師はどこ
まで責任が負えるのかということ。また現下、食用に供するフグにもいくつかの
種類があり、それごとに有毒部位が異なることも知られているが、半加工の状態
で複数の種類のフグを店頭で扱うこととなった場合、誤りなく扱えるのかという
こと

規制の緩い県の店からインターネットにより直接購入することが可能である実態に鑑みて、旧来からある規制の方を緩和しようというのは、実体的に規制できていないから条例を撤廃しようということに過ぎず、それこそ注文する人の自己責任でどうぞというようにも受け取れる。
規制の緩和は、一見、「ふぐ調理師」による業務の寡占を撤廃し、一般の調理師にもフグを扱えるよう市場を開放したかのように見え、消費者がフグを気軽に食べる機会が増えたと喜ぶべきなのかもしれない。
しかし記事だけを見る限りでは(実際はもっと細部にわたり精緻な議論が尽くされた上でのことだと考えるべきであろうが)、安全が担保されたものが明示されていない以上、すべてが安全でないように感じられて、かえって都内でフグを食べることを敬遠するようなことになってしまっては、いったい誰のための規制緩和であったのかと考えてしまう。

もう10数年以上も前、筆者が医事資格に関係する業務に就いていたとき、規制改革の事務局を担当する役人から「医師国家試験は難しすぎて国民が医師になりたいと思ってもなる機会を奪っている。これは医業への参入障壁であり、誰でも医師になれるようにすべきである」との意見を受けたことがある。これに、国民に提供される医療の水準を確保するための資格試験であるから当然だと答えると「望めば誰でも医師になれるべきであり、資質の劣った医師は国民が淘汰するであろうことから、難しい試験を実施するのは明らかに参入規制でありおかしい」とのことであった。資格試験と医業独占の関係が、彼には資格者による医業の寡占ととらえられたのであろうが、知識が乏しく資質が劣っていると判断されるときには、その判断に足るだけの失敗を国民に評価されて淘汰されるということをいうならば、その失敗の機会にあたってしまった患者はたまったものではない。

さすがにこのようなナンセンスな要望は取り下げられた(まだ規制改革というものが黎明期にあったころの話であり、さすがに現在はここまでの無謀はない)が、もともと医行為というものが非専門家によって実施されると危険であり、患者の安全を保護する観点から、法により医業独占が規定されている一方で、医療行為を常時必要とする在宅療養患者の増加や専門家でなくとも扱いが可能な医療関連技術の進歩と国民の間の医学的知識の普及とも相俟って、医行為をとりまく状況の変化とともに、その規制のあり方についても、一定の範囲で解釈の見直しや明確化が進められている。

筆者自身は、時宜に合わせて旧態依然とした規制が改められることに関しては、どちらかといえば積極的な立場をとることが多い。しかし参入規制が緩和されることによって品質の担保ができなくなるようなことになるならば、それは長期的には市場そのものに対して負の影響を及ぼしかねないことを十分に考慮しなければならないことは論を俟たない。
規制を緩和したことによって生じた万が一の事態には、要請した者、実際に規制を緩和した者のいずれにも責任があると考えるべきだろうと、フグの記事を眺めて思ったところである。
ついでに言えば、古い規制が緩和されることで市場に対してよい影響をもたらすことも当然にあるわけで、議論を開始すること自体はタブーであってはならない。しばしばそういう議論の邪魔になるのが、ふぐ調理師でもなく流通業者でもなく、しかも魚が苦手で消費者となることも恐らくない「当事者でもないただの評論家」かもしれないと思った次第である。

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