第201号コラム:金子 宏直 氏(東京工業大学 社会理工学研究科 准教授)
題:「スティーブ・メーソン著『電子署名法(第3版)』の紹介」
Stephen Mason, Electronic Signatures in Law, Third Ed.
(Cambridge University Press 2012; pp.371; ISBN 978-1-107-01229-5)

今回は、電子証拠判例の研究会でも書籍を紹介したことがある英国の最新刊の紹介をしたい。

1 本書の特徴
本書の著者であるメーソン(Mason)氏は英国バリスターで、法学研究所の客員研究員など、研究・講演活動を積極的に行い、本書や電子証拠法について書籍の編者である。日本法や文化にも造形が深い(冒頭に電子署名に関する著者の考えを表現した俳句をのせている)。本書の旧版(第2版の出版社はTottel社)2007年から4年ぶりの改訂版である。日本での比較法研究は米国法やドイツ法等特定の国との間のものが多いが、本書の電子署名法はコモン・ローおよび大陸法についての法制および判例について比較検討するもので、英国らしく、東欧、アフリカや中南米諸国も含まれている点が興味深い。

2 第二版との比較
旧版は全16章であったが、第3版は10章立てである。序文によると、主に比較法の分析を進める上でコモン・ロー諸国の事例を多く掲載するため、他方で、旧版では契約上の責任と契約以外の責任に関する2つの章は主に英国の判例法に関連するため、新版では独立した章としなかったようである。

3 第三版の構成と概要
第1章の署名(The Signature)では、署名一般に関する総論として各種法制における署名の意義や歴史等についても述べられている。第2章の国際的取組(International Initiative)では、電子署名の各モデル法の基本規定を解説している。第3章の電子署名に関するEU指令(European Union Directive on electronic signatures)では、同指令に対するEU各国での対応について詳しく解説している。第4章の英国法(England and Wales, Northern Ireland and Scotland)では、モデル法や各種法規制について英国法に関する論点が議論されている。第5章は電子署名法の国際比較(International comparison of electronic signature laws)である(後述4参照)。第6章の電子署名の方式(The form of an electronic signature)では、電子的記録や電子申請等の電子署名を必要とする場合についての論点が議論されている。その後、第7章のデジタル署名(Digital signature)、第8章の責任(Liability)、第9章の証拠(Evidence)、第10章のデータ保護(Data protection)、から構成されている。

4 内容の紹介
比較法的な分析を中心に、いくつかのトピックを取り上げて簡単に内容を紹介する。

(1) 署名の機能
署名の機能には、証拠機能、注意機能、注意喚起機能、関係人を明示する機能、記録保存機能等を挙げる。証拠機能は更に第一次的証拠機能、第二次的(補助的)証拠機能に分けられる。

(2) 各国の電子署名法の分類
技術を特定し手書き署名に代替する方法を採用する「記述的アプローチ」(日本を含むアジア諸国など)、技術を特定せずに技術中立性を採用する「最小限アプローチ」(オーストラリア、アメリカ合衆国など)、国連の2つのモデル法(電子商取引モデル法および電子署名モデル法)に従う「両輪アプローチ」(電子署名共通枠組みに関するEU指令、アジアでは台湾、香港、インドなどを含む)。国の数の上では両輪アプローチが多いようである。

(3) 多様な推定規定の存在
電子署名はデジタル署名そのものを意味するわけではなく、そのため諸外国の電子署名法には、署名を欠いている場合の推定、署名の合法性の推定、電子署名の使用者の推定等さまざまな点で違いのある規定があることが指摘されている。

5 雑感
読者によって関心をもつ部分が異なるものの、本書に気づかされた点を少し述べたい。日本民法では諾成契約が基本であり、契約書すら作成されないことがある。他方で、行政手続は従来に比べれば簡略化されてはいるものの、署名ではなく、記名・捺印を求められることが多い。この点は本書の署名の機能(1章)と日本における印鑑の機能(9章)に関連する。著者がドイツの裁判所における電子的申立手続に際し一律に電子署名を要するという以前の考え方に疑問を呈している。日本でも民事裁判の電子的申立が現在実務上実施されない点を考える上で参考になろう。また、著者は日本で実印制度が長年有効に機能してきたものの技術進歩とともに問題点もみえるようになっていることは認証の手順の見直しがより重要になることを指摘している。このことは電子署名の将来に当てはまることを暗示しているように思われる。(著者の冒頭の俳句は電子署名が移ろいゆくものを暗示させる)

著者によると諸外国の判例(法)を比較すると概括的には、コモン・ロー諸国では電子署名のあらゆる形式を認めるとともに、大陸法諸国では、電子署名の形式をデジタル署名に限定するところが多いと指摘する(序文)。これらの相違は今後変化していくものといえる。
著者は電子署名等に関する法律雑誌の編集にも係わっており、そうした成果は、旧版からの改訂の随所、例えば、各国の判例・立法等の動向の分析にみられる。
今後も各国の電子署名に関する最新状況を総合的に知ることのできる一冊である。

【著作権は金子氏に属します】