第208号コラム:守本 正宏 理事(株式会社UBIC 代表取締役社長)
題:「ディスカバリの理念とハイテク技術」

昨今のディスカバリにおいては企業のもつ情報のほとんどが電子データであるということから、ディスカバリにはハイテク技術が必要不可欠になりました。その理由は書面情報がほとんどの時代に比較して電子データの情報量が圧倒的に多くなったことと、その取り扱いが高度に複雑になっていることによります。いまやハイテク技術がなくては、特に大量の電子データをもっている企業においては訴訟も戦えない時代になっています。

ここであらためてディスカバリの持つその理念について考察したいと思います。ディスカバリの理念の一つとして公平性が挙げられます。訴訟を有利に進める事ができるか否かはお互いが持っている証拠にも大きく依存していますが、証拠収集能力は、訴訟当事者の能力によって大きく差異が出てきます。例えば日本の訴訟制度では患者と病院間での医療訴訟等において組織力も専門的知識もない個人が病院側の証拠を提出させることは非常に困難であり、個人と病院では公平な裁判はかなり困難だと予想できます。その場合、仮にディスカバリ制度があれば、たとえ個人でも病院側に対して彼らが持っている証拠を強制力をもって自主的に提出させる事が可能になります。つまり公平性が保てる事になります。

しかし、証拠の形式が電子データになることによってその公平性は崩れてきました。個人の持つ電子データの量に比べて、企業の持つデータは莫大な量であり、費用、時間、労力において大きな負担になり、公平性は崩れていきます。その作業を容易にし、効率化して、コストを削減するのがハイテク技術を用いたディスカバリソリューションです。ここ数年ではe-Discoveryの技術やノウハウが高度に専門的に発展してきており、今ではかなり独立性の高い分野になりました。また、従来は大量の情報から少しでも早く最重要ドキュメントを見るための技術としてキーワード検索技術が主に活用されていましたが、最近では人工知能研究を活用したPredictive Coding(自動文書仕分け)がようやく実用化されており、この業界で大変注目されている技術の一つです。もちろん証拠能力がより求められる訴訟や政府機関の調査においてはデジタル・フォレンジック技術が活用されることも少なくありません。

このように電子データを対象としたディスカバリがもたらす不公平性は言い換えればIT化がもたらした問題だと言えますが、それをIT技術が改善することに成功しました。しかし、IT化に加えて昨今急速に進んできているグローバル化はさらにもう一つの問題を生み出しました。それは言葉の壁です。

グローバル化でアジア企業が海外に進出することが多くなり、海外での訴訟やカルテルや贈収賄等の調査を受ける機会も急増しました。その結果、アジア企業がディスカバリに対応しなければならない機会も増えました。アジア企業の持つドキュメントはやはり電子データはコンピュータ上でもアジア言語が使われています。アジア言語をコンピュータ上で表現するための方法は、英語とは大きな差異があり、その差異がディスカバリ作業を大幅に困難にし、公平性を大きく崩したのです。そのことはこの作業を実際に行なった経験がある技術者であれば容易に想像できるのですが、日本ではあまり直接作業を実施した経験者はほとんどいません。日本の企業においては技術に明るくない法務担当者だけがディスカバリに対応することがほとんどです。もちろん実際の電子データの保全においてはIT担当者の協力を得ますが、問題が訴訟に関する事であるため、訴訟対応自体を他部署の人にはできるだけ秘匿するため、この後、誰がどこでどのような作業を実施して、実際にはディスカバリ作業の品質の結果が訴訟に大きな影響を与えているにも関わらず、実情に関する情報はないまま、データだけ抽出して終わっているのです。結局、その不公平性に気づかないまま、ディスカバリ作業を進めてしまっているのが現状です。この場合の不公平性は、コンピュータ上の言語解析能力の差がもたらしています。またこの状況は日本だけではなく、ハイテク産業が発達している韓国や台湾でも実は同じ状況なのです。

このような不公平性は訴訟大国米国においても問題になっていますが、実は本格的に改善されてはいません。米国では、大量のデータの翻訳をかけるか、全てOCR処理をして抽出作業をするなど、莫大な費用をかけて、しかも正確性が欠けている状態でアジア企業のディスカバリ作業は行われています。(もちろん解決方法はありますが、本コラム内ではその点は省かせていただきます。)

いづれにしても、適切な技術を使わない限りは、明らかにアジア企業は米国企業に比べて完全に不利な状態でディスカバリ対応しなければならないことは事実です。それは費用面はもちろん、訴訟の勝敗にも影響を与えるため、企業に与えるダメージは計り知れません。最も深刻な問題はそのこと自体を企業の経営者や法務担当者、さらに政府も気づいていないことです。

IT化の発達は、IT専門家以外の人が高度なIT技術が必要な作業を強いられる状態をもたらしました。IT専門家ではない、このような人たちにこそデジタル・フォレンジックがどのように活用されているのか、何を知っておかなければならないのか等の情報を提供しなくてはなりません。デジタル・フォレンジック研究会はその要求に応えられる日本で唯一の団体として今後もその活動は重要であると言えます。

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