第267号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学医学部 外科学 専任講師)
題:「電子カルテのe-ディスカバリ」

 縁あって少し前から損保会社の顧問をしている。といっても、いわゆる高所大所から意見を述べるという顧問ではなく、医療現場で発生した問題について医療側に過失・過誤があるかどうか、因果関係のある損害は何かなどについて、具体的に判断することが任務である。当然のことながら、当該事例の診療録(カルテ)やレントゲン写真を詳細に検討することになる。紙カルテであれば、バインダーに閉じられた紙類をすべてコピーしたもの一式が届くことになる。採血など諸検査の結果やオーダリングの情報以外は、手書きがほとんどである。手書きであるため判読が困難な(字が汚い、意味不明な略語など)箇所もあるが、逆に重要な部分は強調されていたり、簡単なスケッチが書かれているという点では専門家がみる上では見やすいという一面もある。医師の記載欄は、診断の過程や、治療計画などを知るうえで重要な情報が得られる。また看護師の記載欄は実施された医療行為や患者の言動などが時系列で記載されているので貴重である。

 レントゲン写真(CTやMRI、内視鏡の画像も含め)は、10年ほど前までは昔ながらのフィルムに焼き付けたものが主流であった。シャーカステンという白く光る板に張り付けてみる必要がある。しかし現在ではほとんどの病院でPACS(picture archiving and communication system)によりデジタル化されており、テレビモニターでみて診断する。計測や表示条件の最適化で診断を支援する機能があるほか、CTなどではパラパラマンガのように画像をめくることで立体的に病変を把握することができる。現在、紹介で他院に情報提供する場合、画像はCDやDVDにDICOMという標準形式で保存する。必要に応じて紹介先のPACSにコピーされるので紹介先でも自院の画像と同じようにみることができるので便利である。当然、鑑定の場合も、多量の画像であってもディスク1枚をPCに入れるだけで、診療と同じような環境でみることができるので有用である。診療現場と同じ環境という点が大事で、医師の診断に至る過程を辿ることが容易である。

 一方で、電子カルテを導入した病院の事案の鑑定では、信じられないことに、電子カルテの情報をすべてプリントアウトしているのである。A4片面印刷で厚さ50cm程度になることはざらである。電子カルテは紙カルテに比べ一覧性に乏しいので、記載にあたり過去の重要な情報をコピペすることが多々あるため、同じような記載が重複することも多い。またベタのプリントアウトは、医師や看護師の記載の他、オーダー、実施記録、検査結果などが混在しており、見たい情報にたどり着くのは容易ではない。医療従事者は普段、検索や絞り込み機能を駆使して、自分に必要な情報だけをみて医療行為をしているので、プリントアウトから診療の状況を再検証すること自体、そもそも不適切ともいえる。記載された内容の変更履歴や削除についても、紙ベースで検証するのは極めて難しい。電子カルテ上であれば右クリックで容易に履歴を辿ることができるが、プリントアウトでは目をさらにして関連情報を探さなければならないのである。

 やはり、電子カルテ上のさまざまな診療情報については、統一した形式で外部出力できる仕組みが必要であると言わざるを得ない。もちろん優れたヴューワーの開発も必要である。これは作業の効率化という観点よりは、より診療に近い環境で行われた医療行為の適否を判断するということが重要なのである。もちろん、De-Duplicationなどのための支援ツールも必要である。

 このような仕組みを作ることは法的争いの解決という、守りの面だけにとどまらない。共通のフォーマットを持つことで、各医療機関が個別に保有するデータを、ビッグデータとして取り扱うことができるようになるため、そこから新たな知見が得られる可能性がある。科学としての医学の発展に寄与する有用なエビデンスや、医療の効率化に役立つデータが得られることは間違いないであろう。また、かつての「一億総中流」社会のもとで有効に機能した国民皆保険制度は、格差社会の進展に伴い見直しが求められるであろう。混合診療も現実味を帯びてくる可能性が高い。その場合、医療の質の評価が重要な課題となる。クリニカルインディケーターと呼ばれる指標で医療の格付けが行われつつあるが、これも電子カルテのビッグデータから抽出されるようになれば、より客観性が高くなるであろう。このような攻めの利用のためにも標準化は必要といえよう。

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