第333号コラム:伊藤 一泰 理事 (栗林運輸株式会社 監査役)
題:「危機管理の要諦~企業防災力の向上を図る~」

「天災は忘れたころに来る」というのは、寺田寅彦の有名な警句であるが、先般発生した御嶽山の噴火もまさに忘れたころやってきた大きな自然災害である。この噴火によって多くの登山者に死傷者が出て、1991年の雲仙普賢岳の火山災害を上回る戦後最悪の人的被害が発生した。また、火山灰による農作物被害や観光への悪影響など、今後も多方面にわたって被害の拡大が予想される事態となっている。私自身、この噴火の第一報を聞いたとき、御嶽山が噴火するとは予想外の印象を受けたが、1979年には今回同様の水蒸気爆発を起こしており、7年前の2007年にも小規模な噴火が確認されている。1979年の噴火は、大きな被害が出なかったものの、予兆がない噴火であったため、日本における死火山、休火山、活火山という定義そのものを見直す切欠となった。※現在では活火山以外の言葉は使われていない。

今回の噴火について、政府の対応は、噴火当日の内に所要の対策が取られるなど、過去の経験を踏まえたスムーズな対応となったように思われる。被害確認直後から、広域的な救助応援要請が行われ、各地域から警察および消防の救助隊が派遣された。また、長野県知事から陸上自衛隊への災害派遣要請が行われた。これにより噴火翌日には本格的な救助活動が開始された。また、その後の報道で伝えられたことであるが、山頂付近の山小屋の管理人・スタッフの対応が迅速的確だったことで、命からがら山小屋に逃げ込んだ登山者の救助につながったことは特筆に値する。しかし、その後の台風の影響や、冬に向かって、朝夕の気温が低下しつつあることなど、残された行方不明者の救助活動は難航を極めている。

この火山災害から学ぶべきことは多い。我々の企業活動においても、東日本大震災における地震・津波の被害に見られるように、突発的に起こる予期せぬ災害への対応は、経営の根幹にかかわる課題となっている。しかしながら、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということわざのように、東日本大震災当時の緊迫感が薄れてきたのも事実である。震災後、各方面で、今後の備えとすべき事柄が検討され、その一部はすでに実行に移されているが、喫緊の課題として、企業内での防災に関する人材の育成について申し述べたい。企業においても、上述の山小屋の管理人・スタッフのように、危機が迫る現場で冷静沈着に対応できる要員の確保が急務となっている。

そのためには、防災について専門知識を有する人材の育成が必要である。制度的には、消防法に規定された法定資格として、「防災管理者」というものがある。似たような名前で紛らわしいが、一般によく知られている「防火管理者」に比べ、まだ認知度は高くない。また、NPO法人日本防災士機構が認証する「防災士」という資格もある。こちらは、2014年9月末現在で81,682人の認証登録者数となっている(NPO法人日本防災士機構ホームページ)。しかし、こちらもやはり認知度が高いとは言えない。これらの制度のPRや資格取得者へのインセンティブ付与など、政府・自治体など関係機関における制度の改善策は当然として必要ではあるが、より根本的な課題は、企業防災力の向上を図ろうとする企業側の積極的かつ自主的な取り組みであろう。

国の防災基本計画にも「企業防災の促進」が位置づけられている。
内容は以下の通りである。

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企業は、災害時の企業の果たす役割(生命の安全確保、二次災害の防止、事業の継続、地域貢献・地域との共生)を十分に認識し、各企業において災害時に重要業務を継続するための事業継続計画(BCP)を策定するよう努めるとともに、防災体制の整備、防災訓練、事業所の耐震化、予想被害からの復旧計画策定、各計画の点検・見直し等を実施するなどの防災活動の推進に努めるものとする。
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この点について、経団連は「防災に関する委員会」を設置し、内閣府中央防災会議「首都直下地震対策検討ワーキンググループ」第9回会合(2012年12月12日)で企業防災力向上のための提言を行っている。
http://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/9/pdf/3.pdf

個々の企業においても、形式だけのBCP策定から、もう一歩踏み込んだ社内体制の整備や実効的な防災訓練の実施など、企業防災力向上のための具体的な施策の検討・実施が必要と思われる。

【著作権は、伊藤氏に属します】