第435号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「AI裁判官は果たして可能か?」

AI(人工知能)に脚光があたっている。正確にはディープ・ラーニングにであろうか。

学生や一般の人などの間ではまだまだAIとペッパー君のような人型ロボットとの区別が曖昧なようであるが、この分野に精通している人であれば、自動運転車 (ロボット・カー)のようなハードウェアに化体されたAIだけでなく、証券・金融取引などにも既に使われていることはご存じであろう。更に最近はセキュリティの脅威検出やデジタル・フォレンジックにも用いられ始めている。

では法律の世界ではどうかというと、この分野で昔から課題とされているのが 「コンピュータ裁判官は果たして可能か?」という命題である。過去にもいろいろと研究がなされてきたが、結果としてはエキスパートシステムの域を出るものはできなかった。それが昨今のAIの発達で、再び、同じことが考えられるようになった。すなわち「AIに裁判官は務まるか?」ということについてである。

この問題について、ここ1年ほど、様々な場所で議論しているのだが、技術系の人々と法律系の人々では意見が分かれる場合が多い。人工知能の研究を行っている人は「裁判官もAIに取って代わる」という人が多く見られる。それに対して法律家の間では懐疑的な意見が多い。

筆者の意見を述べる前に、法律を学ぶ者が必ず接する判例を簡単に紹介したい。「尊属殺重罰規定違憲判決」(最判 昭48.4.4)。

ある程度の年齢の人であれば、実の親や祖父母を殺した場合は通常の殺人罪よりも罪が重くなると教えられていたはずである。また一般的な人の感覚としても、このような法律があったとしても違和感は覚えないであろう。では、なぜそれが違憲とされたのか。

非常に気分の悪くなる話であると前もってお断りさせていただいたうえで、そもそも発端となった事件の概略を極々簡単に記すとこうである。

あるところに一人の娘がいた。その娘は、こともあろうか実父から性的虐待を含むありとあらゆる虐待を受けていた。実父との間に5人の子供を出産させられ、中絶したことも5回6回に及んだという尋常では考えられない状況である。そんな女性に対しても求婚してくれる男性が現れたわけだが、当然そのことに対しても父親は激怒し暴力をふるう。そして娘はついにたまりかねて実父を殺すに至った。

例えば現在でも、他に身寄りのない病気の老夫婦などが自分の死後を懸念して配偶者を殺してしまうような事件が偶にあるが、こういった場合には情状を酌量したりして執行猶予付き判決にし実刑を伴わないようにすることが多々ある。この父親殺しの一件も、実刑とするにはあまりにも酷な事件であると誰もが思うはずである。しかしながら当時の刑法200条の尊属殺人の規定を適用すると、どのように減刑しても執行猶予が可能になる懲役3年以下にすることができなかった。そこでまるで逆転満塁ホームランのように出された策が、「そもそもこの尊属殺重罰規定が憲法の法の下の平等(14条)に反するので違憲となり無効である」というものであった。

ここまで書けば、筆者の述べたいことがお分かりになると思う。そう、ディープ・ラーニングを用いたAIにも果たしてこのようなことができるのか?という疑問である。この尊属殺重罰規定違憲判決の事例は一度既に出てしまっているので、AIがこれを基に同じような判断をすることはできるであろう(※もっとも違憲判決などというものをそう頻発されても困るのだが)。しかし、一番肝心なことは、まったく何もないところからこのような全然異なるベクトルの新規の発想ができるかということであり、過去の重要判例はすべてこのようにゼロから人間(裁判官)のひらめきによって導き出されたものであるということである。

つまりは、法理というよりは条理の部分までをもコンピュータが判断できるのかということになる。コンピュータサイエンスや人工知能を研究していたり、シンギュラリティ社会のような未来研究をしている人達の間では、AIにもこのような判断が可能だと言う人が多い。法律家はこういったことは人間にしかできないと考える人が多い。皆さんはどうお考えになるだろうか。

しかし考えてみれば、そもそも、人間だってなぜ人を殺してはいけないかを論理的には説明できていない。ひょっとすると、論理的思考には長けるコンピュータのほうが先にその答えを導き出してしまうかもしれない…。

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