第586号コラム:西川 徹矢 理事(笠原総合法律事務所 弁護士)
題:「新たなる試みへの出立に当たり」

私の学生時代は「情報化社会」が盛んに議論され、私も熱中して議論に参加したりしたが、社会人になってからはコンピュータ犯罪(当時は「サイバー」の言葉はなかった)にも興味を持つようになった。その後10年程して在外勤務となり、海外におけるパソコンの活用振りを目の当たりにして大いに刺激を受け、帰国後、一挙にパソコン活用とサイバー犯罪、サイバーセキュリティに関心を高めることとなった。

当時、我が国ではワープロと携帯電話が急速に普及し併せてマニアを中心にパソコンが拡がり始めたところであったが、他方で一部の識者からこれら電子機器の時弊が指摘されるようにもなった。このような中で、私はこれらの機器と青少年の健全育成という観点から、依存性やサイバー犯罪等が彼らにどのような影響や問題を生じ、これらから如何に保護・救済するべきかに関心を持つようになった。

具体的には、教育関係者やPTA、父兄会の方から子供達の補導や指導の在り方について相談や講演依頼を受けたり、南紀白浜や越後湯沢で毎年開催されるようになった部外のサイバーセキュリティ・セミナー等でこのテーマを取り上げてもらうよう働きかけるなど広く問題の所在や対策の普及・啓発等に努めた。

エピソードとしては、平成10年頃の新潟県警勤務時代、当時珍しい32インチ級の大型ディスプレイが本部長室の備品となっていたが、これをもっと有効利用しようと考え、交通部の女性警察官グループに、自前でアニメーション入りパワーポイント・スライドショーや紙芝居ソフトを作ってもらい、県内の小学校や幼稚園に装置ごと持参し、年少者の交通安全巡回講習を始めた。後日現地視察に行ったが、講習を受ける子供達の食い入るような眼差しが印象的であり、予想以上に好評を博していた。

他に、当時文部科学省が旗を振り新潟県内の小中学校にもIT教育用のパソコンを配備したが、父兄会等から、休憩時間等に子供達がパソコンで不適切なサイトや情報等に接することはないのかとの声があったので、一計を案じ、校内環境の整備と情報リテラシー教育を進めるため、県内のプロバイダー業者に働きかけ、県防犯協会に全国初のプロバイダー分科会を結成し、県教育庁の協力の下、全国に先駆け各校に無償でフィルタリングサービスを提供してもらった。今日では全国レベルで一部有害情報についてプロバイダーの協力を得てブロッキング(遮断)までできるようになったと聞いている。

子供達とのこのような関わりがあって、退官後も多くの方々の協力を得、東京で一般財団法人を立ち上げ、青少年向けにサイバーリテラシー教育等を実践している地方のボランティア団体を支援するなど、子供達との関わりを続けている。

ところで、本年8月16日、都庁は、「東京都における新時代の安全安心戦略検討会」(以下、「検討会」という)を設置し、平成27年1月に同庁で定めた「安全安心TOKYO戦略」(以下、「戦略」という)の見直しを行うと公表した。この戦略は、2020年の東京オリンピック・パラリンピック大会(以下、「同大会」という)を見据え、10年間の都民の安全安心施策の方向性を示すとして策定されたものであるが、その後の分析により、刑法犯認知件数等が減少し、治安の改善は図られたものの、サイバー犯罪の脅威や、子供や女性に対する深刻な犯罪等の体感治安が改善されておらず、大会後の都民の「安全確保」に課題があると言う。

これを受けて、検討会は、インターネットは今や国民生活のすみずみまで普及しており、国民の日常生活や情報活動には不可欠なものとなったが、反面、サイバー犯罪の脅威が増大し、とりわけ子供や女性、高齢者を巻き込む性犯罪や詐欺脅迫等の被害防止等に一層力点を置いた取組を行うべきであるとの観点から必要な検討を行うこととした。

検討会は学識経験者で構成され、私も委員として参加し、後日の検討会で推挙されて座長を務めることとなった。これまで既に、8月、9月の2回検討会が開催され、その都度専門家等から全般的な所見や具体的ケースの詳細な情勢分析やその対策等について聴取が行われ、具体的な被害防止に向けた社会安全環境の整備や子供達へのサイバーリテラシー教育の重要性等についても重要な関心事項とされ、熱心な検討が行われている。

私見ではあるが、情報セキュリティの分野では、これまでも、情報通信技術の急速な進展に伴い、この成果を取り入れた新たなデバイスや商品が次々と登場し、しかも一部でその至便性が認められると日常生活の現場に一挙に持ち込まれることがあり、新旧商品の混在現象がほぼ同時に現れることが多い。そして、時にはその延長で子供向けのものとして安全性や有害性等が十分に検証されないまま「子供達の手に届くところ」にまで溢れ、知らず識らずの内に脅威が高まっていることがある。

このような事態に対しては、先ず早い段階から、現場における状況情報を官民で共有し、地域住民も含む社会を挙げて、迅速な危険回避措置を実施することが肝要であるが、これに負けず劣らず、長期的な視野から、子供達に対して、常日頃から子供向けITリテラシー教育や情報リテラシー教育を実施し、情報化社会に相応しい「感性」と基礎的な「素養」を体得させることが大切である。

子供の時から身近なものの「正しい」使い方に拘り、「邪道」なものを拒否する感性と、困ったときに正しい相談ポイントへ辿り着ける嗅覚のようなものを身に付けさせるようにして、若い頃の一瞬の不幸な出会いや判断によりその一生を棒に振るような悲劇から子供を守り抜く対策を講ずべきである。

その責任は我々大人にあると言える。心して、全ての子供達と後進の指導や接触に当たっていきたいと考えている。

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