第600号コラム:丸山 満彦 監事(デロイト トーマツ リスクサービス株式会社 代表取締役)
題:「デジタルフォレンジックスと多様性」

最近、いろいろなところで「ダイバーシティー(Diversity)」や「多様性」という言葉を耳にすると思います。みなさんの組織でも「女性の管理職を増やしましょう」、「LGBTの方を理解しましょう」、「いろいろな国の人が活躍しやすい環境を整えましょう」といったことを目にする機会が増えているかもしれません。日本語をなるべく使いたいので、ここでは「多様性」という言葉で説明していきます。

私は、農学部出身で学生時代に生態学の勉強もしていましたから、「多様性」というものを生態学的な考え方、つまり自然環境システムにおける多様性から理解し、社会に当てはめるという思考をたどっています。そのような思考に従って、「デジタルフォレンジックスと多様性」の話をしていきたいと思います。

生物にとって多様性のある環境は必須かというと必須ではありません。個々の生物がおかれている環境の多様性の高いことが、個々の生物の生存に有利に働くというわけではありません。例えば、熱帯雨林においては生物の多様性が高いですが、ツンドラ地方では生物の多様性はぐっと減ります。リソースが豊富な場合には、生物の多様性が高まり、逆では生物の多様性が低くなります。このようにリソース等に応じて最適な多様性の程度というものがあるのだろうと思います。生物の多様性が高いシステムは、一定のノイズに対する安定性が高まります。一方、システムの外側から見たアウトプットに目を向けると多様性が低いシステムのほうが効率的にリソースを搾取できます。例えば、バナナ農場や、植林した杉林を想像してください。人間(というシステムの外部の存在)にとっては、熱帯雨林で天然バナナを探すよりも、バナナ農場でバナナを収穫するほうがより効率的です。植林した杉林と天然の杉の木でも同じです。しかし、本来の自然環境と異なる多様性を実現している場合(熱帯雨林におけるバナナ農園や、温帯における人工杉林)には、システム外部から一定の手入れをする必要があります。また、その手入れを怠るとたちまちもとの自然の状態に戻ってしまいます。また、場合によっては病気が蔓延し、全滅するということもあります(例えば、バナナについては、「新パナマ病」という病気が流行しています。農場が全滅してしまうこともあります。)。短期的なアウトプットに目が行き過ぎると多様性を減らし効率的なアウトプットを目指したくなります。しかし、多様性を下げると環境変化への対応力が弱まります。多様性が高いシステムはさまざまな状況への対応を高めることができるのです。

さて、デジタルフォレンジックスですが、デジタル形態の情報を収集、分析して犯罪や不正等の証拠につなげることが重要です。そのためには、ハードディスクの磁気媒体の残留磁気からデータを読み出すといったいわゆる「とがった技術」も重要です。一方、デジタル技術だけではなく、法律的な知識も必要となりますね。現実社会で「ハードディスクを押さえる」ためにはどのような手続きが必要なのか、等を考える必要があります。また、調査を行う場合には、犯罪等を起こした人はどのような意図をもって行ったのかを理解することも必要となってきます。つまり、技術だけでなく、法律、心理学や社会学といった知識、場合によっては会計の知識といったものも重要となりますね。

そして、なによりも重要なことはこの多様な能力が有機的につながり、システムを構成することです。

物事を理解することがデジタルフォレンジックスの目的の一つにあるとすれば、多様性のあるシステムとしてのチームを持つことが重要だと思います。一人ひとりが多様性を持つことも重要ですが、それよりもチーム全体で多様性を持つほうがより効果的と思います。そのためには、個々の人が自分とは異なる才能の人を認め合ってつながっていくことが重要です。

デジタルフォレンジックスのプロを目指すかたには、是非、自らが多様性を重視するとともに、他のメンバーを認め合いチーム、つまりシステムとしてより大きな多様性が保てるようにしたらよいのかなと思います。

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記念すべき第600号ですから、50号ごとの内容を下記にしめします。参考まで。

番号  掲載日    著者      題名

1    2008/05/08  上原 哲太郎  デジタル・フォレンジックのコミュニティ

50  2009/04/23  佐藤 慶浩   インシデント・マネージメントに関する国際規格化の動向

100 2010/04/08  宮坂 肇    フォレンジックと人材育成の、ある側面

150 2011/03/31  秋山 昌範   コミュニケーションギャップとデジタル・フォレンジック

200 2012/03/15  中安 一幸   規制改革

250 2013/03/07  野﨑 周作   Predictive Codingが変える不正調査

300 2014/02/27  守本 正宏   ビッグデータとリーガルテクノロジー

350 2015/02/23  小山 覚    IoTのセキュリティ対策

400 2016/02/15  小向 太郎   インターネットと「知る権利」

450 2017/02/13  小山 覚    「DF普及状況調査」WGの取り組みについて

500 2018/02/05  伊藤 一泰   入院して思ったこと

550 2019/02/04  松本 隆    仮想通貨取引の無法地帯

600 2020/01/30  丸山 満彦   デジタルフォレンジックスと多様性

【著作権は、丸山氏に属します】