第657号コラム:湯淺 墾道 理事(情報セキュリティ大学院大学 副学長、教授)
題:「法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会の議論を振り返る」

裁判手続に関する規律は、門外漢にとっては、きわめてわかりにくい。

立法府である国会によって制定される訴訟法が存在すると同時に、三権分立の中で独立している司法府である最高裁判所も手続等に関する規則を制定する権限を有する(憲法77条)。憲法は「国会は国の唯一の立法機関」であることを定めながら(憲法41条)、その例外ともいうべき権限を最高裁判所に与えているわけであり、法律で定めるべき事項と裁判所の規則で定めるべき事項との関係について、憲法学の立場と訴訟法の立場からさまざまな学説がある。

他方で、法律と規則が相反する規定を置いているのでは実務が混乱するのは必至であるから、実務上、両者は調和するように配慮しながら制定されているわけである。ところで、民事訴訟のIT化にあたり、立法府側である国会で審議する法案となるべく法制審議会民事訴訟IT化部会において審議が続けられているわけであるが、民事訴訟のIT化にあたり、それを具体的に実現する情報システムやネットワークに関する事項は、法律と規則とどちらで定めるべき事項に属するか。

この点について、実務上は裁判手続に関する情報システムは従来もっぱら法律の統制外にあり、最高裁判所が独自に開発・運用してきた。その詳細を最高裁判所は明かしていないが、10種類程度のシステムが稼働しているとみられる。このような先例や、これまでの学説に照らせば、裁判手続に関するシステムについては、司法事務に関する事項であるから、あるいは訴訟に関する手続であるからという理由で、それは規則で定めるべきであるということになるのだろうか。

問題は、それが特に議論されること無しにいわば法制審議会民事訴訟IT化部会における議論の所与の前提となっているように思われることである。新型コロナウィルス感染症の影響で審議の開始が遅れたこともあり、1ヶ月に1回、1回の開催につき約5時間というペースで進められてきた部会の審議においても、この点が正面から問われたことはなかった。

このため、民事訴訟のIT化にあたり、それを具体的に実現する情報システムやネットワークに関する事項の検討は最高裁判所において進められており、現時点においてはその詳細は部会にも提示されていない。部会における審議は、常に裁判所の規則で定められるべき情報システムやネットワークに関する事項の詳細が全く不明なままで、もっぱら手続に関する議論を続けてきたわけである。

この点について、立法府である国会が定める民事訴訟法の側で、もっとシステムやネットワークの詳細を規定し、それに基づいて最高裁判所は必要となる規則の改正等を行い、システムやネットワークを開発するべきであるという議論もあるだろう。そもそもこれは法律で定めるべき事項なのか、裁判所の規則で定めるべき事項なのか、あるいはどのように両者が棲み分けるべきかについて、大前提の議論が本来は必要だったのではないかと思われる。

また、セキュリティの面でも問題がある。

国全体のサイバーセキュリティに関しては、2014年にサイバーセキュリティ基本法が制定された。しかし、サイバーセキュリティ基本法の諸規定は、原則として行政機関等を対象としている。サイバーセキュリティ基本法第25条第1項第2号は、サイバーセキュリティ戦略本部に対して、国の行政機関等のサイバーセキュリティに関する対策の基準を作成するように求めており、「政府機関等の情報セキュリティ対策のための統一基準群」が決定されている。しかし同基準群は、明確に適用対象を「サイバーセキュリティ基本法(平成二十六年法律第百四号。以下『法』という。)第二十五条第一項第二号に定める国の行政機関、独立行政法人及び指定法人(以下『機関等』という。)」に限定している。

このようなサイバーセキュリティ基本法とそれに基づく施策からは、司法府に属する最高裁判所が開発・運用する民事訴訟のIT化システムは、独自にセキュリティ対策を行わなければならないということになろう。民事訴訟においては、きわめて守秘性の高い情報も取り扱われる。民事訴訟IT化を実現する情報システムがサイバー攻撃を受けてそれらが流出することのないようにしなければならないが、現時点では部会の審議においてシステムのセキュリティはほとんど議論されていない。

訴訟代理人のパソコン等から守秘性の高い情報が流出・漏洩した場合の責任も含め、今後議論する必要があろう。民間事業者が提供するサービスを利用してシステムを構築・運用する場合についても、当該事業者が原告や被告になった場合の情報の取扱い、いわゆるベンダーロックの危険性など、問題点は少なくない。クラウドを利用する場合、海外にサーバを置くクラウドの利用の是非という問題もあるが、これらの点は全てシステムの問題であるからということで、最高裁判所からの出席者の「検討します」という発言を引き出すことで終わってしまい、ほとんど部会では議論されていないのが現状である(公開されているこれまでの審議の議事録
をご覧いただきたい)。

なお、民事訴訟IT化を実現するシステムのサイバーセキュリティに関する問題については、「民事訴訟のIT化を実現するシステムとセキュリティ」ジュリスト2020年12月号等でも論じているので、ご参照いただければ幸いである。

【著作権は、湯淺氏に属します】