第728号コラム:町村 理事(成城大学)
題:「民事判決のオープンデータ化?」

このコラム欄では、新型コロナの感染拡大が日本でも始まった当初の2020年2月に、「裁判記録のオープンデータ化?」と題する一文を公表したことがある。この当時は、おりしも法学分野におけるAIのインパクトが論じられ、また民事裁判を中心とする司法IT化の議論から第一フェーズの実践が始まろうとしたところであった。そこでAIの深層学習に必要な法情報のデジタル化が民事訴訟記録にも及ぶこと、そして民事訴訟記録はもともと何人でも閲覧できる存在であることから、デジタル化された民事訴訟記録にネットワークを通じて誰でもアクセスできるという、オープンデータ化が構想されたのであった。

その後、民事裁判IT化の中で民事訴訟記録のデジタル化も実現することとなった(ただし法文ではあくまで電磁的訴訟記録と並んで非電磁的訴訟記録が存在することが規定されている。令和4年改正後の民事訴訟法91条および91条の2)が、当事者や利害関係人以外の第三者がネットワークを通じてアクセスできるというルールは実現しなかった(同法91条の2第1項および第2項の比較)。その傍らで、同様にデジタル化される民事判決については、別途、原則として全部の判決を対象としたオンラインアクセスが検討された。
この検討に関する位置づけや考え方については、町村泰貴「民事判決オープンデータ化の期待と展望」NBL1172号28頁に簡単にまとめたので、参照されたい。

具体的な検討経過は、まず日弁連法務研究財団(JLF)が事務局を担った民事判決のオープンデータ化検討PTと題する会議体により、2020年3月から約1年間の検討を行なって「民事判決情報のオープンデータ化に向けた取りまとめ」を公表した。さらに同じくJLFが事務局となって民事判決情報の仮名化処理の在り方等に関するWGと題する会議体により、2021年7月から2022年5月までの検討で「民事判決情報の適正な利活用に向けた制度のあり方に関する提言」が公表された。

この「提言」では、裁判所において訴訟記録とともに民事判決が公開されることを前提として、そのデータを仮名化処理する情報管理機関を介して利活用機関に提供し、利活用機関の公表するデータベースや雑誌媒体などで一般公開するという基本的な仕組みを構想している。ただし、その際の課題として以下の諸点がある。
・仮名化の要否、程度、例外の有無など
・仮名化されたデータに関する事後的な是正措置要否と在り方
・判決データの包括的な取得と利活用機関への提供の法制化
・情報管理機関の一元化の可否
・情報管理機関の民事免責
・個人情報保護法との調整

こうした検討と提言を踏まえ、今後の検討は法務省の設置する会議体に舞台を移してさらなる具体化が図られる。
思うに、民事判決とはいえ、当事者にとってはプライベートな事柄に深く関わる可能性のある情報であり、事件によってはいわゆる要配慮個人情報となることもあるであろう。しかし、判決はその事実関係から判断内容に至るまで、法の解釈適用の事例であり、そこで示されて先例的価値を有するとされる判断部分のみならず、どのような事実関係に法令が適用されたのかという具体例であるから、それ自体も法として民主的コントロールの対象であり、従って広く主権者には公開されるべきものである。その意味で、判決情報は個人情報保護法の適用があるものとすることは適当でなく、公開を具体的に保障する一方で、最低限必要なプライバシー保護は図られるべきである。その水準は、解釈論に委ねるわけにはいかず、やはり特別法により定めることが適切である。そうでなければ判決データの公表を担う機関ができないし、裁判所が自ら全判決データの仮名化の上で公開をすることは困難であるから、結局判決は現状通りにごくわずかしか公開されずに、民主的コントロールも及ばないことになってしまう。

そういうわけで、判決データの取得と公表を適法なものとする根拠を定め、そしてその中でも最低限必要なプライバシー保護の水準と方法を定める特別法を、今後の検討の中で具体化していく必要がある。

【著作権は、町村氏に属します】