第806号コラム:丸山 満彦 監事(情報セキュリティ⼤学院⼤学 客員教授/PwC コンサルティング合同会社パートナー)
題:「気候⾵⼟と社会」

はじめに
先⽇、ペルシャ⼈の私の友⼈から「東京に最初に来たときに地下から地上にでると⾃分を⾒失って不安になっていた」という話を聞きました。彼の故郷のイランの街では、遠くの⼭などのランドマークを⾒て、⾃分が現在いる位置を把握していたそうです。ところが、東京にくると⽬の前にビルが⽴っていてランドマークが⾒えなく、⾃分とランドマークの位置関係がわからず不安になるということでした。
「迷ったら、⾼いところに登ってランドマークを探し、⾃分のいる位置を確かめる。」そういう習慣があると⾔っていました。この考え⽅はビジネスにも⽣きていて、彼は新社会⼈に、「(1) ⾼い⽬標を掲げ、常にそれに向かうこと、(2) ⾃分を⾒失ったら、まずは⾃分の⽬標確かめて、今⾃分がいるところを確かめること」、とアドバイスしているそうです。なるほどと思いながら私は、30年前に読んだ
NHK ブックスの「森林の思考・砂漠の思考」(鈴⽊秀夫著)*ⅰを思い起こしました。

そこで、今回は「気候⾵⼟と社会」ということを考えてみたいと思います。そして、最後になぜ、これを IDF のコラムで取り上げたか︖ということを説明したいと思います。

ちなみに、植⽣をベースに気候帯をわけたのが、ケッペンの気候区分ですが、みなさまにもお馴染みなものだと思います。まず、最初にケッペンの気候区分の世界図を頭の中に思い出してください。

https://www.mdpi.com/2073-445X/11/7/1040

⽇本は本⼟分(北海道から九州)は、⻄⽇本が温帯、⾼⼭帯と概ね福島県以北が亜寒帯となっています。

森林の⺠の世界観と砂漠の⺠の世界観
まず、次の2つの写真を⾒⽐べてみてください。

https://www.globtroter.pl/zdjecia/42941,maroko,poludnie,pustynia,karawana.htm

https://ameblo.jp/laten-amerika/entry-11387512177.html

あるいは、こちらの写真。

https://felicia-amelloides.net/mongol-travel-2/

http://blog.livedoor.jp/matunoyma_sato/archives/51772089.html

砂漠や草原(ステップ)の景⾊と、熱帯⾬林、照葉樹林の景⾊の違いがわかっていただけたかと思います。普段接している景⾊がこれだけ違うと、⼈間の頭の中の思考が変わってくるような気がしませんか︖
砂漠や草原に住んでいる⼈にとっては遠くの景⾊まで⾒渡せるので、認知できる地理的な世界は広くなります。物事も俯瞰的にみる習慣がつくように思います。

⼀⽅、熱帯⾬林や照葉樹林の中にいると、遠くが⾒えません。⾃分の世界は常に⾝近なところにあります。その代わりに⼿元や⾃分⾃⾝に意識が集中するような気がしませんか︖森林で瞑想という発想や、⼭に籠るという発想につながるような気もしますね。

⽔と⾷料の確保が容易な森林と、⼈の協⼒が重要となる砂漠や草原
⼀⽅、⼈間の⽣活という意味ではどうでしょうか︖

森林の中にいれば、⼿の届くところに、⾷料になるようなもの(例えば、果実)
が豊富にあって、⽐較的容易に⾷料を⼿に⼊れることができます。もちろん、森林が育っているという意味では⽔も豊富にあります。特に熱帯⾬林では⼀年中同じような気候(⾬季・乾季という程度はあるでしょうが)で、安定しているので、⾷料も⽔も同じところにある可能性が滝です。温帯であっても、四季があり1 年周期で芽が出て、葉が茂り、花が咲いて、実がなるということを繰り返すということなのだろうと思います。

⼀⽅、草原ではどうでしょうか(砂漠はほぼ⽔も⾷料もないですから、そこで⼈間が⽣活をするということはないでしょう)。初期のころは⽐較的⼤型動物を狩っていたのでしょう(「はじめ⼈間ギャートルズ」というテレビアニメでは、草原でマンモスやイノシシを狩っているシーンがよくでてきていました)。道具の発展、コミュニケーションとしての⾔葉の発展が起こったように思います。
やがて、牧畜や農作が始まり、草原での⽣活が安定し、⼈々が集まり、⼤きな社会が形成されていったのだろうと思います。
家族・⼀族の活動から、より⼤きな集落、そして集落同⼠の交流(貿易)という感じで広がっていったのでしょう。2000 年前にできていたシルクロードも砂漠の⺠の交易路ですね。

気候⾵⼟と宗教
気候⾵⼟の違いというのがものの⾒⽅、世界の⾒⽅に違いが⽣じるのであれば、当然宗教にもその影響がでるのでしょう。

森林の⺠は、⽬の前にあるものから、具体的に恵みを得ていることもあり、⽬の前のものに対する感謝が⽣じ、それらが抽象化されて神となり、いわゆる多神教という状態になったのではないかと思います。

1万年前に氷河期が終わり上昇し始めた気温が、5000 年前から低下し始めると、森林が後退し、草原・砂漠が増え始めたようです。

https://www.climate.gov/news-features/climate-qa/what%E2%80%99s-hottest-earth-hasbeen-%E2%80%9Clately%E2%80%9D

森林から草原に移⾏した地域に住んでいた⼈々にとっては、⽣活との関係で「もの」の重要性の順列がはっきりとつくようになってしまったのだろうと思います。エジプトでは、それが太陽、中東では、それが⽔といったように。そして、もっとも重要な「もの」に関する神様が、優位な神となり、やがて唯⼀神へとつながっていったのではないかと⾔われています。例えば、イスラエル⺠族にとっての⽔の神であるヤハウェはユダヤ教の神となり、そしてキリスト教、イスラム教につながっていきます。砂漠の⺠にとって⼀神教は必然的なものであり、⼀⽅、森林の⺠にとって多神教は当然な存在なのかもしれません。

気候⾵⼟と真理
これは宗教の話ともつながる部分はあるのかもしれませんが、ものごとの真理に対する考え⽅も、砂漠の⺠と森林の⺠では違うのではないかという話です。砂漠の⺠は、予測を⽴てて⾏動してみる(蜃気楼ができるところにオアシスがあるという経験をした⼈が、蜃気楼が出た⽅向に⽔をもとめて歩く)、でも予測は当たる場合もあれば、当たらない場合もあります。当たらなかったら仕⽅がないので、また考え直す、そういう思考になると思います。また、何かを⼈に説明するときも、同じです。100%わかっていることはないということはお互いの前提として、「私はこう思う」と語る。「私はこう思う」ということを⼈に伝えることが重要と考える。キリスト教やイスラム教といった砂漠の⺠の宗教が、世界に広がっていったのは、伝えるということからきているのではないかと思っています。

⼀⽅、森林の⺠は、⽬の前のものをじっとみる。じっとみれば、その中に真理がみえてくると考える。真理が⾒えるまで考える。真理が⾒えていない段階では、「わからない」と⾔い、「これはこうだ」ということはない。⾃分が中⼼にある。森林に⼊り瞑想をし、真理を追求するブッダの話はよくきく話ですね。

⽇本⼈の社会には気候⾵⼟の影響は今でも残っている︖
さて、IT が普及し、地理的な要因が少なくなったと⾔われている現代ですが、このような気候⾵⼟の影響が全くなくなったかというとそうでもないような気もします。⽇本⼈はどうでしょうか︖

縄⽂時代に遡ってみましょう。縄⽂時代の初期は今よりも気温が少し⾼く、東⽇本も含めてほぼ九州と本州は温帯で、⻄⽇本では常緑広葉樹・照葉樹林(カシ、シイなど)、東⽇本では落葉広葉樹(ナラ、ブナ)の森林が広がっていたのだろうと思います。その森林で⽣活をしていた縄⽂⼈は森林の⺠だったのでしょう。

しかし、弥⽣⼈はどうでしょうか︖弥⽣⼈は稲作を中⼼とした⽣活をしていたということから、開けた⼟地で⽣活をしていたと思われます。砂漠的な要素が強くなったのだろうと思います。そして⾶⿃・奈良時代、平安時代と、都市化が進むと、⽇本⼈も森林の⺠から砂漠の⺠に近づいていったのだろうと思います。明治維新を経て、⻄欧化が進むとさらに砂漠の⺠の思想が社会に深くはいってきていることは間違いないと思います。

その⼀⽅、縄⽂時代が終わったとされる2300 年前以降であっても、⼭、つまり森林に住んでいる⼈は、縄⽂時代的な⽣活習慣、⾵習などが残っているように思います。例えば、神道というのも森林の⺠の宗教と⾔えるかもしれません。⼭岳信仰が各地で残っているのも、森林の⺠の要素が残っているのでしょう。正⽉に御来光を拝むというのも太陽神と⼭岳信仰が合体したもの、熊野信仰や⾼野⼭、⽐叡⼭といった仏教と⼭岳信仰とも考えられ、森林の⺠から始まり、砂漠の⺠の要素が強くなっているものの、やはり森林の⺠の要素が残っているというのが⽇本の特徴なのかもしれません。

ここまでを簡単に振り返る
⾃分の置かれている場所の気候⾵⼟は、⼈の思想に影響を与え、それが社会にも影響することになる。

森林など⽬の周りにものが溢れた社会で育った⺠は、⽬の前のものに集中し、多くのものに感謝をするということから、多神教的な考え⽅になっている。⼀⽅、砂漠や草原などの⾒通しが聞きくところに移り育った⺠は、コミュニケーション等を発展させ、社会をより⼤きくしてきた。そして、神への順序づけも必要となり、やがて⼀神教につながっていった。

砂漠の⺠は、私がこう思うということを伝えることが重要と思っているのに対し、森林の⺠は何が真実なのか⾒極めるまでわからないと考え続ける傾向があるのではないかと思っている。

⽇本⼈はもともと森林の⺠の要素が強かったが、弥⽣時代移⾏、稲作等を通じて、都市化が進み、砂漠の⺠の要素も強くなってきた。しかし、宗教的な思想や⾵習を通じて、森林の⺠の要素もまだまだ残っている。

フォレンジック、調べる要素と伝える要素
フォレンジックは、真実を知ろうという要素と、わかった結果を伝えるという要素があると思います。
どちらも完璧にはできません(というのは、砂漠の⺠の考え⽅かもしれませんが)ので、バランスをとることが重要かもしれません。森林の⺠の思想が強いと、調べることに重きを置きすぎるかもしれません。ただ、真実が分かったとしても、⾃分で納得して終わってしまってはいけませんね。相⼿にわかりやすく伝えるということが残っています。砂漠の⺠の要素が強い⼈は、伝えることに⼒を
置きすぎて、そもそも調べることが中途半端になってしまうかもしれません。

⾃分が「真実を知ることに重きを置きすぎだな」と、感じたら、意識して伝えることに⼒を置いて業務をやってみる。⾃分が「」伝えることに重きを置きすぎだな」と、感じたならば、結果についていつもよりも、深く考えてみる。そういうことを意識して仕事をしてみるのも良いのかもしれません。

⼈間を簡単に二つにカテゴリーわけすることはよくないかもしれません(これは、森林の⺠の考え⽅かもしれません)が、時には砂漠の⺠、森林の⺠という視点でいろいろと考えてみるのもよいかもしれませんね。

最後に世界の森林地図
⼈間の開発、およびその結果の気候変動の影響もあって世界の森林⾯積は減少していると⾔われています。最後に世界の森林地図を⾒てください。いろいろと感じるところがあるかもしれません。

https://www.treehugger.com/maps-of-the-worlds-forests-1343036


*ⅰ「森林の思考・砂漠の思考」鈴⽊秀夫著 NHK ブックス 1978 年3 ⽉20 ⽇発⾏
https://www.amazon.co.jp/dp/4140013125

【著作権は、丸山氏に属します】