第102号コラム:上原 哲太郎 理事(京都大学 学術情報メディアセンター)
題:「子どもとネット安全に関する諸問題~今年も南紀白浜で会いましょう~」

私は以前から、別のNPO(情報セキュリティ研究所)の活動として小学校~高校において情報セキュリティや倫理に関する講義をする活動をしています。以前は和歌山県下中心、せいぜい近畿を活動領域にしていたのですが、最近は毎日新聞社さんの「だいじょうぶキャンペーン」との協業で全国あちこちに出かけるようになりました。

3月には千葉県いすみ市の小学校で、保護者向けにケータイやネットの利用について注意するべき点をお話ししました。

また学校の先生方ともお話しして、昨今の子どもとケータイに関する状況を伺っています。

 

以前から感じていたことではありますが、子どもの安全・安心とITセキュリティとの間には大変面倒で難しい問題がたくさん横たわっています。特に問題だと思われるのは、ケータイやインターネットの利活用力は子どもたちが保護者を上回ることが少なくないため、家庭内において保護者が子どもたちに指導的な役割を果たせていないのではないか、という点です。実際、保護者の皆さんに伺っても、ケータイやインターネットの利用に関して漠然と不安を持っていても具体的にどのようなことを子どもたちに教えてよいか判らず、学校での指導に期待する声が少なからずあります。

 

その一方で、学校の方にそのような備えがあるかというと少なくとも現時点では十分とは言えません。まず単純な話として、小中高等学校の教員の平均年齢は現在過去最高レベルに達しています。これらの教員の年齢層で最も厚みがあるのは現在40代後半から50代前半のあたりです。特に小学校に関しては、少子化の進行に従って新規の教員採用も絞られているため、より教員の平均年齢が上がっています。この辺の状況は文科省が3年ごとに行う統計調査を

ご覧頂くとよくわかります。

 

文部科学省:学校教員統計調査(指定統計第62号)

http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/index02.htm

 

残念なことですが教員の平均年齢が上がると、どうしても「新しいこと」への指導能力に問題が出てきます。ITという新しく現れた問題に対する対応に、教員が追従しきれていないという状況はそういう背景もあります。

 

もちろん、青少年教育を語る上でITに関する安全教育および倫理やモラルに関する教育が必要であることは広く認知されています。例えば昨年(平成21年)には、内閣府の「青少年インターネット環境整備等に関する検討会」が、「すべての小中高等学校において、その発達段階に応じた、情報通信技術の適切な活用指導及び情報モラル教育を実施する」ことを求め、その前提として「平成23年度までに概ね全ての教員の情報通信技術の活用及び情報モラルを指導する能力を身につけるようにする」ことを目標としました。この情報モラルという言葉は文科省の造語とでもいうべきものですが、要は情報セキュリティと情報倫理に関するリテラシに関する教育と考えてよいでしょう。

 

インターネット青少年有害情報対策・環境整備推進会議:「青少年が安全に安心してインターネットを利用できるようにするための施策に関する基本的な計画」(H21.6)

http://www8.cao.go.jp/youth/youth-harm/suisin/pdf/keikaku.pdf

 

小中高等学校が教育すべき内容の外枠を決める学習指導要領においても、平成23年度から順次行われる改訂において、

情報通信技術の利活用とともに情報モラル教育の大幅な強化がうたわれています。特に、今まで小学校では情報モラル教育が考慮されていなかったものが考慮されるようになり、中学校では本文中の一部に現れていた「情報モラル」という言葉が項目に格上げされました。高等学校においては、情報モラルに留意すべきとされた項目が大幅に増やされており、もはや学習指導要領の中でも一二を争う頻出語となっています。

 

文部科学省:新しい学習指導要領

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/

 

しかし、この計画や政策は実効を伴うでしょうか。正直なところ、教員の情報モラル指導力を強化し、平成23年度までに身につけさせるという計画は現実的とは思えません。さらに困ったことに最近、各自治体の教育委員会において携帯電話の学校への持ち込みの禁止が決定されたり、条例化されたりしはじめました。これにより、教育現場には「ケータイは学校と無縁なものになったのだから学校ではその使い方について指導しなくてよい」という空気が蔓延し始めています。これで本当に、学校の情報モラル教育に期待できる土壌が産まれうるでしょうか?

 

子どもに対する情報モラル教育の必要性を社会が広く認めているにも関わらず、家庭は学校にそれを任せようとし、学校はその要求を受け止めきれずにいます。こうしている間にも、子どもたちはどんどんITに習熟し、勝手に自分たちなりの活用法を見つけてゆくでしょう。このこと自体は喜ばしいのですが、ネットワーク社会での身の守り方と、他人を傷つけない方法、この2つを教えることなく気軽にITに触れさせることは、大人や社会の責任放棄に思えてなりません。

 

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デジタル・フォレンジック研究会も後援する、おなじみ「サイバー犯罪に関する白浜シンポジウム」では、今年はこのような教育問題を扱うことになりました。家庭に頼れず、学校にも頼れない子どもたちに対し、どのような形で情報モラルについて教えてゆくか、これは次の世代のネットワーク社会の形を占う上でも大変重要な課題だと感じております。この問題について、じっくりと語り合い、議論する場を是非皆さんと共有したいと思っています。

 

今年も上原は総合司会や一部プログラムのコーディネータ等を勤めます。多数の皆さんのご参加をお待ちしております。

 

第14回サイバー犯罪に関する白浜シンポジウム

テーマ「有害サイトから、子ども(我が身)を守ろう」

日時:平成22年6月3日(木)~5日(土)

会場:和歌山県田辺市 和歌山県立情報交流センターほか

詳しくは以下のホームページをご覧下さい。

http://www.sccs-jp.org/SCCS2010/index.html

【著作権は上原氏に属します】