第269号コラム:石井 徹哉 理事(千葉大学大学院 専門法務研究科 教授)
題:「通信の秘密の保護の限界について」

1 電気通信事業法4条1項は、「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。」と規定し、179条で電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵す行為に刑罰を科しています。もともと、電気通信事業法は、電気通信事業に関して、その公共性に鑑みて種々の規制をなすもので、罰則が表にでることはあまりなかったといえます。しかし、所管官庁による行政規制においては、通信の秘密侵害罪を背景として事業者に対する種々の行政法上の行為がなされており、所管官庁による法令解釈または事業者側の自主的なかつ自制的な解釈によって電気通信事業者およびその関係者の行動が制約されることになります。しかも、通信の秘密の保護は、罰則による担保をもって行政規制されることから、本法の通信の秘密侵害罪の解釈が裁判所による有権的解釈ではなく、所管官庁の独自の解釈が通用する結果となっています(刑罰法規に関する所管官庁の法令解釈が必ずしも正当とは限らないことは、石油ショックの際における通産省(当時)の行政指導等による価格カルテルについて、違法とされ、立件された事件(東京高判昭和55年9月26日高刑集33巻5号359頁)によっても、示されています)。
インターネット上の不正行為、犯罪行為の証拠収集にあたってはつねにこの通信の秘密の侵害が問題となり、原則として、法令により許容されている場合にのみ、その侵害が正当化されるにすぎません。この点に関して、現在一般にとられている通信の秘密侵害罪に関する解釈について、いくつかの疑問点を挙げていきたいと思います。

2 通信の秘密侵害罪は、通例、憲法21条2項後段における「通信の秘密は、これを侵してはならない。」と規定されていることを受け、通信の秘密を確保し、その実効性を担保するためのものと理解されています。もともと通信事業が公企業(電電公社・KDD)により運営されていたことから設けられたともいえます(当時は、公衆電気通信法)。当時の状況では、国家による通信の秘密という憲法上の権利保障の侵害を担保するために、通信の秘密侵害罪は、機能したといえ、通信の秘密は、厳格に保障されなければならなかったともいえます。
また、当時の電気通信事業が主として電信・電話であったことからすると、通信の秘密には、通信の内容のみならず、通信内容を推知させうる要素としての通信の外形的情報をも含めることが必要であり、一体的に保護されるものと解されてきたといえます。同様の保護は、郵便法および信書便法における信書の秘密の保護についても妥当していますが、信書の秘密侵害罪の法定刑(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)は、通信の秘密侵害罪のそれ(2年以下の懲役又は100万円以下の罰金)より軽くなっています(郵便法80条、信書便法44条、電気通信事業法179条参照のこと)。また、信書を除く郵便物については、開披行為だけが処罰されており(郵便法77条。なお、信書便法44条参照)、いわば通信の内容の侵害のみが処罰されている結果となっています。

3 これらのいわばレガシーな通信形態における通信の秘密の保護と同様に、現在のインターネットにおける通信の秘密の保護がなされるべきであるとするのが、所管官庁にみられる法解釈であるといえます。しかし、この点に関しては、さらに検討を要するものといえます。
例えば、郵便物、信書便物、電信に関する書類で通信事務を取り扱う者が保管・所持しているものについては、令状により差し押さえることが可能です(刑訴法100条、222条)。しかし、電気通信事業者のメールサーバに蔵置された受信メールについては、一般に通信傍受令状と検証令状が必要であると解されています。同じ通信の秘密に係る令状による侵襲であるのに、このような取扱の相違がなぜ生じるのかは、実のところ明確に説明されているとはいえません。電気通信回線を流れているものを捕捉するのであれば、なお傍受ということは可能でしょうが、サーバに蔵置された特定のアカウントの電磁的記録としてのメールと紙媒体とで保護の必要性がそれほど変わりうるものでしょうか(ドイツの判例・通説は、わが国の刑訴法100条に相当する規定により可能であるとしています。BGH 1 StR 76/09 vom 31.3.2009、 BVerfG、 2 BvR 902/06 vom 16.6.2009参照)。

4 また、通信の秘密侵害罪では、通信の外形的な情報についても、通信内容と同様に保護されるとされています。そのため、通信事業者が通信業務を遂行する上で必要とされる場合を除いて、ログ、IPアドレス等の外形的情報にアクセスすることは、通信の秘密侵害罪を構成することになります。もちろんこれらの情報については、犯罪捜査において令状により収集することは可能です。
しかし、不正行為、犯罪行為の予防という面から見た場合、不都合をきたす局面が認められます。例えば、児童ポルノのブロッキング行為について、IPアドレスを探知することから、通信の秘密を侵害するものとされます。そのため、ISP関連事業者の自主的取り組みとしてブロッキングを実施し、その正当化の法的枠組みとして緊急避難を基礎としました( http://blocking.good-net.jp/relation/2-1.html )。緊急避難による正当化にあたっては、現に児童ポルノが拡散する可能性が存在していることが必要で、リスト所掲のアドレスについてブロッキングされた際にそのような状況が存在していることが要求されます。さらに、補充性の要件から、削除等サーバに蔵置されたデータをネットから切り離す措置が実施され得ないことが必要です。
これらの要件の確認を個々のISPでおこなうことは、困難ですから、協会等の措置により確認されたことにすることとなります。実質的に緊急避難の要件を充足しているかどうかは、実のところ行為主体であるISPにとっては不明確なものといえます。ドイツでは、徹底した削除要請をおこなうことによって(海外も含め)すべて問題あるサイトがなくなったことから、ブロッキングの必要性がないとの結論にいたっている状況は、緊急避難要件の充足をより疑わしくします。また、上記のような正当化の仕組み自体は、協会によるガイドラインによるものにすぎず、はたして適切なものかどうかは、未確定なままです。
むしろ、立法等により法令行為として正当化し、その際に、必要な利益衡量と明確な要件設定をすべきであったのではないかといえます。また、その前提として、必要な削除要請の徹底と要請があった場合の削除義務を明示しておくことで、不必要なブロッキングを回避する仕組みをも導入し得たかもしれません。あるいは、立法の俎上に載せることで、ブロッキングの当否自体も民主的に議論できた可能性もあります。

5 通信の秘密の侵害に関する新しい問題として、GPS位置情報の取得の問題があります。もともと携帯電話等の位置情報については、検証令状によって取得可能であるとされてきました。これは、通信とは関係なく、通信事業者に集積される情報であるからともいわれています。現在では、GPS機能付きの携帯機器も増加しており、通信事業者からGPS位置情報を取得することが可能になっています。問題は、この際の法的要件にあります。
GPS位置情報は、通信内容とはいえないため、通信傍受令状による必要はありません。そこで、従来通り、検証令状によって取得可能であると考えることができます。しかしながら、総務省による個人情報電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン(平成16年総務省告示第695号、最終改正平成21年総務省告示第543号)26条3項によりますと、令状による位置情報の追跡については、利用者が知ることができるという条件が付与されています。この条件の付与は、はなはだ疑問です。位置情報は、あくまで通信の外形部分の情報にすぎない上、令状による特別の条件が附加されていないものをたんなる行政庁のガイドラインによって附加することは、法的に正当化することは困難です。通信の秘密を一体的に保護するとの前提に立つとしても、プライバシーの合理的な期待は、令状によって正当に侵害可能となっているとみるのが合理的でしょう。

6 いずれにしても、インターネット上における不正行為、犯罪行為に関して、警察のみならず、民間事業者等との共働が強く要請されています。その際、通信の外形的要素に関する情報についても、通信内容と同等の厳格な保護をすべきなのかは、今後検討されるべき課題であるといえます。加入者情報と直結する電話番号とそうではないIPアドレス等を同等に扱うことの妥当性をより実質的に検討すべきであるといえます。サイバー犯罪条約ですでにコンテンツデータとトラフィックデータを区別していることから見て取れるように、場合によっては、ネットワーク上の犯罪に対する国際的な共働においても支障を生じる可能性もあります。
もちろん通信の外形的情報の保護を一律に緩めるべきとの雑な議論に与するものではありません。しかし、少なくともガイドラインという不安定なものによるのではなく、法律によって必要な範囲において正当な権限を付与すべきでしょうし、立法過程における議論によって実質的な価値判断を示すことが必要であるといえます。
さらに、このような作業は、犯罪捜査、犯罪予防などに直接関係する措置についてだけでなく、統計的な利用についても検討することが必要です。防犯のためのまちづくりのために、従来、犯罪のマッピング等により犯罪の発生しやすい状況を把握し、このような状況をなくすことで犯罪を起こりにくくしようというアプローチがあります(状況的犯罪予防、CPTED (Crime Prevention Through Environmental Design) といいます)。例えば、位置情報についてみれば、多数の常習的な侵入窃盗犯の犯行に至る位置情報を把握し、統計的に処理し、より効果的な防犯対策に利用する可能性も考えることができます。通信の外形的情報の利用可能性については、このような可能性をも視野に入れながら、適切な議論がなされ、法的枠組みが構築されることが強く期待されます。

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