第463号コラム:佐々木 良一 顧問(東京電機大学 未来科学部 情報メディア学科 教授)
題:「デジタル・フォレンジックと私」

私が、初めてフォレンジックという言葉を聞いたのは、2002-3年ごろのことだと思う。弁護士の知り合いが多く、その人たちがフォレンジックという言葉を使っていた。牧野先生から聞いたのが最初だったような気もする。

当時はデジタル・フォレンジックとは言わずに、コンピュータ・フォレンジックやフォレンジックコンピューティングという言葉を使うことが多かった。2003年6月20日に、警察政策学会5周年記念シンポジウムで「ネットワーク社会の安全(フォレンジックコンピューティング)」 というパネルがあり、私はコーディネータを務めた。パネリストとして宮城 直樹(警察庁生活安全局)、内田 勝也(中央大学研究開発機構)、山崎 文明(グローバルセキュリティエキスパート) 、尾崎 孝良(弁護士)が参加している。また、2003年9月16日には、@Policeという警察庁のWEBサイトにコンピュータ・フォレンジックに関する解説記事を書いた。他に、このような解説記事がないせいもあり、結構頻繁に引用された。

そのころにはフォレンジックに興味を持ち研究に着手していた。着手した理由は、(1)今後、データは、大部分がデジタル化する一方、(2)権利意識が増大し、民事訴訟が増加するだろう、そうすればフォレンジックによる証拠性の確保が重要にならないはずはないと考えたからである。最初の段階では、ログの証拠性を確実かつ効率的に確保するために電子署名をどのようにするべきかという研究から始まった。その後、e-Discoveryやネットワークフォレンジックなどにも研究分野を広げていった。

2004年にデジタル・フォレンジック研究会(以下、DF研究会)が発足した。初代会長は辻井先生、初代副会長は安冨先生であった。ちなみに会員番号1番が辻井先生、2番が安冨先生、3番が林先生で私は会員番号4番だったように記憶している。初年度は85名、25団体からスタートしたが、その後、順調に推移し2017年5月1日現在276人、59団体にまで成長していると言う。筋の良いテーマだったことはもちろん、初代会長、副会長のご努力とともに、事務局の献身的な活動も大きかったと思う。

この間、2008年には上原先生のご努力で、京都でデジタル・フォレンジックに関する国際会議を実施したり、ミシシッピー州立大学との共同研究も実施した。その際、上原先生、石井先生、高橋弁護士、舟橋氏と大学だけでなく米国の警察や企業を訪問できたのはデジタル・フォレンジックの実態を知る上で大変役に立った。

DF研究会の会長に就任したのは2011年6月のようである。大したことはできなかったが、10周年記念行事をやったのは思い出に残っている。具体的には

(1)「デジタル・フォレンジック事典改訂版」の出版
(2)10周年記念式典の実施(2013年8月23日)
(3)功労者表彰の実施

をやったようだ。民間の研究会が官庁などの組織を表彰して、喜んでいただいたのもよい思い出である。また、会長としてやったのではないが、内閣官房の情報セキュリティセンター(当時)と本研究会が協力して検討を行い、2012年7月に「平成23年度 政府機関における情報システムのログ取得・管理の在り方の検討に係る調査報告書」をまとめあげたのも印象深い。

また、デジタル・フォレンジック人材育成にも力を入れてきた。人材育成分科会を作成し、2015年から東京電機大学において国際化サイバーセキュリティ学特別コースCySecの一環として、デジタル・フォレンジックのコースを設定し、教育を継続している。また、このコースの講師が中心になり2017年の3月には「デジタル・フォレンジックの基礎と実践」を東京電機大学から出版することができた。

現在の心配事は、デジタル・フォレンジックの研究者人口が日本ではあまり増えてないことである。いろいろな理由が考えられるが、なんとか増加させたいと情報処理学会のCSEC研究会と協力して優秀論文を表彰する仕組み等を構想中である。現場の人たちが評価される仕組みもなんとか作れないかと考えている。

大学の定年を来年3月に控え、長くやった役職は徐々に引いていくべきだろうと考え、安冨先生に会長を変わっていただくことになった。研究会そのものは、安冨会長、上原副会長、佐藤副会長のもとで、これからも発展していくだろうと全く心配していない。

私自身は、これからも、デジタル・フォレンジックの研究や教育などにかかわっていきたいと考えている。ただ、辻井先生や林先生のように70歳を過ぎてもシャープに頭脳が働くかどうかについては、心配だらけである。

【著作権は、佐々木氏に属します】