第194号コラム「サイバー脅威の攻撃メカニズムの解明に必要な要件」

第194号コラム:名和 利男 理事(株式会社サイバーディフェンス研究所 情報分析部 部長 上級分析官)
題:「サイバー脅威の攻撃メカニズムの解明に必要な要件」

年が明けてから、私のところに「最近のサイバー脅威に関するリサーチや講演等」の依頼が急増している。この背景には、まだ記憶に新しい昨年2011年のソニーグループ、三菱重工、そして立法機関や行政機関に対するサイバー攻撃による影響があると思われるが、例年と大きく異なるのは、その依頼の多くが経営トップによる積極的な実情理解を目的としていることが多くなってきていることである。その依頼に応える形で、できる限り分かりやすい図解等を用いながらお伝えしているところであるが、本コラムにおいては、別角度からの質問として目立つ「サイバー攻撃のメカニズムの解明に必要な要件」について、お伝えしたいと思う。

私は、2007年頃から、サイバー攻撃のメカニズムの解明に注力している。解明がされるまでには、時として非常に根気のいる断片的情報の統合・整理をひたすら繰り返すリサーチや分析作業を伴うことが多い。また、全ての情報が不特定多数のインターネットユーザがアクセス可能なインターネット空間に存在しているわけではなく、特定のコミュニティ内のみで流通している情報の中に有意義なものが多く存在している。そのため、そのようなコミュニティに積極的に参加する或いは特定領域における情報流通のハブとなっている人物(主に、国外のエキスパート等)との継続的なやり取りや連携活動を密にしていかなければならない。特に、最近のSNS(ソーシャルネットワークサービス)の発展に伴い、特定領域に限定されるクローズな情報が急増しているため、「情報流通のハブとなっている人物」からより大きな信頼を得なければ、有意義な情報を得ることが難しくなってきている。

第193号コラム「クラウドの諸問題を今一度考えてみる」

第193号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「クラウドの諸問題を今一度考えてみる」

今回のコラムは、拙稿コラム147号「二つの最高裁判例に見る動画配信」の続きでもある。この時に筆者はテレビ番組をネットを通じて地方や海外などに配信する事業の判例に関して、「番組のネット配信だけに限った問題のようにも思えるが、今後、各種クラウド事業や書籍の電子化代行サービスなどにも影響を与える可能性を秘めている。」と書いた。たまたま同様のことを問題提起した記事が、先日(2012年1月9日)の日本経済新聞の法務面にも載っていた。

ネットワークを利用したコンテンツ配信関連の事件は、ずっと単なる著作権侵害(公衆送信権侵害や複製権侵害など)の成立の有無に関する事件としてだけ捉えられてきたが、ここに来て、「クラウド」というキーワードと共に、再評価(評価というより検討か?)されるようになってきている。ネットワーク上に滞留させたコンテンツを利用するという行為が、今でいう「クラウド・サービス」と特性がたまたま一致したせいであるのだが…。それ故、知財、とりわけデジタル著作権の世界では、まだクラウドという言葉が使われる遥か以前から、ネット空間からコンテンツが降ってくる際の法律問題についていろいろと議論されてきた。

第191号コラム「原発事故は「水に流す」な」

第191号コラム:林 紘一郎 理事 (情報セキュリティ大学院大学 学長)
題:「原発事故は「水に流す」な」

3.11の東日本大震災の事故を、大規模な自然災害にとどまらず歴史に残る大惨事にしたのは、東京電力福島第一原子力発電所の放射線事故であった。その原因究明に当たっていた政府の事故調査委員会は、暮れも押し迫った12月26日に中間報告書を公表した。その内容は未だ確定できない部分(たとえば、津波だけが放射線事故の直接的原因なのか、それとも地震そのものも原因の1つなのか)がかなり残されているが、大筋は押えていて、委員会が精力的に調査・分析をしたことが伺える。

この委員会の長を勤めているのは、「失敗学」の提唱者として有名な畑村洋太郎氏(東大名誉教授)である。失敗学は、従来の学問がすべて「成功学」であったことを逆転させる発想で、私が関係している情報セキュリティなどでは、不可欠の発想法である。しかし、残念なことに「情報の公開」を制度的に保障するという伝統を持たない我が国では、分析に必要な事故情報が集まらないことから、失敗学会もできたが期待されたほどの成果を挙げていない。そこで今回のお役目は、同氏にとって「起死回生のチャンス」と思われ、分析に力が入っているのも頷ける。