第69号コラム:西山 俊彦 氏(株式会社UBIC、IDF幹事)
題:「e-Discovery対応現場にて」

米国での企業が巻き込まれる訴訟とはどのようなことを思い浮かぶでしょうか。まず訴訟の種類ですが、特許関連のものが一般的には多くなっています。アンチトラスト、カルテルなどもありますが、そのなかでも最近の傾向として注目されているのは、実際に生産を行なわず販売もしていない特許を所有しているだけの特許管理企業が権利を主張して訴訟を起こす、いわゆるパテントトロールと呼ばれる訴訟案件です。

パテントトロールは自ら研究開発していない特許に関しても、さまざまな経路(倒産した企業の事業整理や、M&Aなど)で入手し、有効なものであれば権利を主張してきます。彼らが入手した特許自体はまがいものではありません。勝つ見込みがある特許に関して権利の主張を行っているので、軽々しい対応はできない訳です。そして、日本企業が巻き込まれることも少なくないです。

訴訟が始まると訴状が被告側企業に届きます。パテントトロール裁判の場合、有名なメーカーでも競業他社でもないので、訴状を手にして初めて(前段階で警告状などが届く場合もある)その企業の存在を知る場合があります。何処の企業が訴えているのか全く見当が付かなく、担当の方は非常に戸惑われることが多いようです。相手のホームページを見ても具体的な事業内容が書かれていない場合も多くあります。また、パテントトロールは訴額が多く見込める企業から順に戦いを挑んでくる場合もあり、その場合、勝てば次の相手と進んできますので、被告側になりそうな企業はそのライセンスを含む製品の販売実績が高い企業の順を見積もって、既に訴訟を行っている企業の動向を見ながら訴訟に備える場合もあります。

原告のパテントトロールは訴訟に対して積極的かつ攻撃的な対処をしてきます。 特許訴訟は多くの場合、協業同士での戦いが想定されていると思います。その場合はどこまでも徹底抗戦、ディスカバリでの徹底開示を要求すると、原告側にも不必要な情報の開示のリスクが出てくるため、競業他社への情報の流出の危険を懸念することになります。その結果、両社間でディスカバリの範囲が広がりすぎないようにブレーキがかかるのですが、パテントトロールの場合はそうはいきません。

パテントトロールはディスカバリも辞さずと攻めてくる場合が多いのです。その理由としては、パテントトロール側には開示すべき情報は殆ど無く、関係者も少ないので、ディスカバリの工程に入っても作業自体が少ないことや、原告側は十分に準備してからの対応が可能なので、ディスカバリ(特にe-Discoverは複雑になり、E-mailなど範囲が広くなる傾向にある。)を行うこと自体が被告側への圧力として戦術的に使えるなどが考えられています。反対に被告側企業には製造や販売に使用している膨大なデータが存在し、ディスカバリ作業となると関係者への対応も含めて作業量が大きくなることとなります。

被告側になった企業は、特許関係の関連者と取りまとめて文書開示要請(e-Discoverも含む)やデポジション(証言録取)に対応することになります。パテントトロール側はその範囲を大きくし、被告側にディスカバリ作業の負担を大きくしようとします。パテントトロール側の全ての要求が通る訳ではありません。過剰に要求に関しては裁判所側で抑制をする場合もあります。ただ、どうしても被告側の日本企業は大企業ですので、範囲は広く関係者も数十人規模と多くなることは否めません。そのディスカバリ作業の負担が、パテントトロール側の武器になっています。

また、パテントトロールが欧米企業だけと思っていましたが、アジアの国の中にも米国での特許訴訟のシステムを用いてビジネスにしようとしている企業が存在してきているようです。

ディスカバリは非常に膨大な作業です。特にe-Discoverとなると、法務、知的財産など訴訟担当する部門に加えてIT(情報セキュリティ)部門も加わる必要があります。早期に専門家に相談して対処することで、スムーズに作業を行いかつ訴訟対応の費用を減らすことができると考えています。知らない作業は誰にとっても非常に恐ろしいと思いますが、専門家の意見を聞き正しく対処すれば、訴訟担当者へのe-Discoveryにて発生する負担も減ることとなり、訴訟自体の方針を考える時間を増やすことができます。

e-Discoveryに関する情報発信をしている機関、団体は少なく、デジタルフォレンジック研究会の取り組みは、訴訟に巻き込まれる企業にとって非常に有益なものとなっていると考えています。

 

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