第162号コラム:池上 成朝 幹事(株式会社UBIC 取締役副社長
                                      兼 北米事業開発責任者)
題:「国際競争とデジタル・フォレンジック3(アジア編)」

昨年のコラムでは知的財産をめぐる国際競争がどのようにデジタル・フォレンジックに関係していたかに注目しましたが、その後多くのアジア企業においてデジタル・フォレンジック作業に係るようになり、それぞれの国がどのようにデジタル・フォレンジックに係り、どの部分に注目しているか分かってきました。

調査的な意味合いが最も濃く出ている地域は香港でした。もともと金融業の中心地としても発展しており、ヨーロッパからの出先機関も多く集積しているこの地域では、資産算定という意味で電子証拠が調査されています。倒産後の資産確認で実際にどこに残りの資産が残されているか、このような部分にデジタル・フォレンジックが深くメスを入れていきます。

台湾は製品を代理製造している企業が元々多い地域ではありましたがスマートフォン、LCDディスプレイなど独自で製品を開発し国際的に知名度を上げている企業も増加し米国を重要市場として扱う企業も増えてきました。昨今では特許係争により米国巨大企業との訴訟に発展するケースも増えてきています。多くの企業が興味を抱いている部分としてどのようにデジタル・フォレンジックを用いて証拠の正当性を示し訴訟に対しての防御性を高めるかがあります。最近の中台ビジネスの活発化により台湾と香港の間を頻繁に行き来し両方の企業をサポートする弁護士も多くなってきており、彼らのデジタル・フォレンジックへの興味の高まりも昨今顕著に見られています。

一方、国際カルテルなどの調査においてもデジタル・フォレンジックの手法が多用されていますが、私の認識として台湾においてはまだ一部の航空貨物や運賃の価格協定のみが調査の対象になっているのではないかと捉えていました。しかし韓国や日本などと同じく電子部品の価格協定でも大きな調査が行われ案件によっては経営陣の多くが米国内で収監される状態になっているものも存在しました。この場面でも一度制裁を受けると賠償額が数百億円に達することもあり、いかにデジタル・フォレンジックを有効的に用いて証拠の正当性を高めるかも話題の焦点となっています。
 
国際カルテルの調査や電子証拠開示の活動が2年前に活発化した韓国では、企業や弁護士事務所内にデジタル・フォレンジックができる機器を持ち込み、専属で扱える人員を配置する組織も出てきました。訴訟や行政調査を多く受ける大手財閥系企業は、すでにアジアではトップレベルの対応力を有しており、米国から電子証拠開示に慣れた人員を獲得し、自己の電子証拠をコントロールしながら開示する力をもっている企業が出てきました。この部分に関しては残念ながら、日本企業の本社機能は大きく後れを取ってしまったと言えます。

南アジア地域の状況ですが、インドやシンガポールではもともと証拠開示制度自体が欧米と似ており、また米国での証拠開示作業のアウトソーシング先であったために、裁判などで証拠を開示することは一般的な事となっています。一方その中でも電子証拠開示に関しては昨今特に議論が高まっています。多くの人々がモバイル機器を用いてテキスト通信を行うことは他の地域と同じですが、その交信情報を国内の裁判証拠に用いることが多くなってきており、デジタル・フォレンジックの知名度も増加しています。

上記のようにいくつかの地域の現状を紹介してきましたが、各地域の共通点はデジタル・フォレンジックを用いて証拠を開示するにせよ、「企業内で常に電子証拠を把握しておきたい」、「電子証拠の取り扱い方ひとつで大きなリスクが生じる」という認識が数年のずれがあるにせよ各地域に伝播しているという事です。
これからはデジタル・フォレンジックを用いた、企業内の電子証拠管理や、その証拠を用いた企業のリスク管理、また戦術としての活用というテーマがアジア企業全体の大きなトレンドになるのではないかとの印象を持っています。

【著作権は池上氏に属します】