第229号コラム:野津 勤 幹事(株式会社システム計画研究所 特別顧問)
題:「数字リテラシー」

 今年の夏も日本では暑かったですね。この間に行われたロンドンオリンピックも終了しました。すっかり英国時間になった方もおられましょう。なじみの無かった競技も見ているうちに面白くなりました。久しぶりにメダルを取った女子バレーボール競技では、画面上でコートサイドでタブレットを持った監督がしきりに指示を出しているのを目にしました。

 番組での解説者によると、「強烈なストレートで鮮やかに決められると印象が強くて、ストレートに対応するように守備側のフォーメーションが取られてくる。ベンチもその様な指示を出しがちである。しかし、データを見ると実際にはクロスが殆どだったりする。このゲームでは、クロスへの備えを主にすることが守備体制としては正しい」そうで、もっといろいろな解析を行っているのでしょう。一般論として、従来、データ解析の発想が無かった分野では画期的手法といえるのでしょう。

 印象が実際とは違うケースは身の回りにも沢山あると思われます。このような数字を使うメリットは、直観的印象による行動の不適切さを避け、最適な判断を行うためのデータを提供することにあります。

 大げさに言うと“ICTによるデータマイニング”でしょう。しかし、数値を見ると一見正確性が高まった感を受けますが、メディアなどが刺激的に伝える数値の大きさに素直に反応するなどでリテラシーが欠けると、“データに騙された”ことになります。絶対値だけで評価できる数字なのか、比較することに意味がある数字なのか、数字の示す意味を批判的にみることが求められます。多い/少ない、高い/安い、速い/遅いは“何と比べて”が無いと、評価できないことがほとんどですが、上手に語られるとついつい乗ってしまいそうで、常に意識することが必要そうです。

 検定など統計解析数学を使わなくても、公表数字から簡単な四則演算で判るスモールデータ領域での軽い例を筆者の近況で述べます。

 ここ数年、東京の或る理工系国立大学(K大学)で留学生の日本定着を支援する事業に携わっています。
以下の数字は2011年度の独立行政法人日本学生支援機構(JASO)と当該大学の公表数字を元にしています。

 オフィスには、昨今のグローバル人材ブームの名のもとに「留学生採用希望」企業の採用担当者の相談訪問が増えています。“在日の留学生13万8000人”というと、一見多いように感じ、この全てが採用対象であるかのような誤解がしばしばみられます。当然ながら、きちんと実情を押さえている企業もみられるが、少数派です。
昨今の就職難といわれている社会状況からすれば、採用側の買い手市場であり、採用条件を提示して思うがままに採用できるという気になってもおかしくはありません。しかし、理工系分野に限ればこれはちょっと調べれば簡単に分る誤解です。以下に少々細かい数字を挙げます。

 全留学生138,000人と言っても138,000人は高専・短大から博士までを含めた総合計数字であり、理工系はその内で18%(理学2,000人強の1.5%、工学23,000人強の16.9%)です。因みに、この絶対値は2010年(震災前)比でも増えています。総合計では3,700人(2.6%)減で、主要因は人文系の5,000人減です。

 K大学は留学生全体の1%、全理工系留学生の5%にあたる1,300人が在籍する頗る高集積度の学校です。大学院を中心に全理工系修士課程留学生の10%、博士課程留学生の20%が在籍しています。その意味ではK大学を訪ねるのは企業にとっては効率的です。まめに多くの大学訪問をしている企業担当者に状況を尋ねると「南も北も行きましたが、求める留学生はいませんでした」という答えが一致して返ってきます。それはそうなのです。

 高集積度と言っても、企業が主採用対象にする修士課程卒業生で言えば、K大学では毎年約200人前後。そのうちの60%が日本での就職希望、残りは博士課程進学や帰国。また、10月入学・9月卒業が60%(大学院はすでに秋入学制度がある)。これが、45の専攻科にまたがり、出身地域は80数カ国に広がっています。もちろん偏り度は大きいです。

 従って、「XX工学専攻、YY語が母語、来春の卒業」という条件を付けると、ほとんどがゼロを含めて片手で数えられます。その上に「ビジネス日本語に堪能」なんてことを冗談の如く付加えると、答えは確実に「居ません」となります。全国的にもこの10倍ですから、とても買い手市場とは言えません。なかなかマッチングが取れないのも“むべなるかな”です(当然ながら学生側の志向にも問題あり)。

 フィーリングで行動する前に、簡単に判る数字を押さえることが効果的行動につながる例として、紹介しました。

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