第387号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学 医学部 一般・消化器外科 講師)
題:「手術とIoT」

手術には職人芸的なところがあり、手術を生業としている外科医は職人としての側面がある。当然のことながら、同じ手術でも、外科医によってやり方も違うし、こだわるポイントもいろいろである。信じたくない話だが、医師によって手術成績も異なる。一方、医療は医学というscienceの上に立脚しており、再現性のある治療結果というものもある。例えば薬物療法は、薬の種類と量を決めれば、その処方箋は研修医が書いても教授が書いても治療効果は再現性をもって同じはずである。もちろん「さじ加減」という言葉から想像されるように、患者さんの状態を正確に把握し、その上で薬の種類と量を決めることこそが難しいのだが、近年の診断学の自動化と診療ガイドラインの普及により、さじ加減、すなわちartの入り込む余地はだんだんに小さくなってきている。この医療におけるartとscienceのバランスでいうと、手術は圧倒的にartの比重が大きい。なぜならば切る場所が1ミリずれただけでも結果が大きく異なることがあり、しかもその是非は専門家でなければ判断不能だからである。手術のビデオがあれば、それを事後的に検証することは可能であるが、その作業は極めてアナログである。当然、見る人によって評価は異なるであろう。手術という治療法は数値化が困難なので当たり前であろう。

手術は数値化できないと書いたが、一つだけ例外がある。インテュイティブサージカル合同会社の手術支援ロボットのda Vinciである。外科医は患者から離れたところで、マスターであるsurgeon consoleのmaster controllerを操作して、電気的に接続されたスレーブであるpatient cartのrobot armを動かして手術を行う。すなわち、外科医の手の位置情報はデジタル化され、記録可能な状態なのである。

インテュイティブ社はda VinciにOnSiteというリモート・サポート・サービスを提供している( http://www.intuitivesurgical.com/support/onsite.html )。これはda Vinciとインテュイティブ社のサポートをインターネットで接続することで、da Vinciのシステム・ログを受動的にモニターし、積極的なサポートを実現するものである。この技術によりda Vinciの安全性を高めるとともに、サポートから得られる収益を最大化しようという戦略が見て取れる。IoTの優等生的な応用である。しかし、ここで集められるログ・データがどのようなもので、どのような使い道があるのか、邪推しだすと恐ろしいものがある。手術中の外科医のスキルに関する情報や、プライバシーさえ吸い取られている可能性がある。

セキュリティ管理も気になるところである。da Vinciのログ・データが正しく送られず適切なサポートが行われないと、da Vinciの性能が低下し、最悪、人命にかかわる事態も起こりかねない。ロボットの制御に関わる部分は外部からコントロールできないとされている。もしそのようなことが実現されるのであれば、それこそda Vinciの乗っ取りにより、外部の悪意をもった攻撃者が勝手に手術をやりだすという恐ろしい話になるわけで、これだけはあってはならないであろう。しかし、da Vinciは物理的に離れたスレーブをマスターが通信により制御しているのであり、理論的には乗っ取りは可能であろう。遠隔手術は2001年に1度だけ行われている。ニューヨークの外科医がフランスの患者の胆嚢をロボットで摘出するのに成功しているが、遠隔手術の臨床例はこの1回だけである。この手術には1億円を要したらしく、費用対効果やリスクを考えると、遠隔地から手術を行うよりは患者を搬送した方がはるかに現実的であるからだ。しかし手術よりもリスクが低く単純な医療行為であれば遠隔医療は現実のものとなっている。もっとも普及しているのがテレパソロジー(遠隔病理診断)である。遠隔地の病理検体のプレパラートをスキャンして伝送し、それを病理医が診断するというものである。放射線診断も同様に撮影場所と読影場所の距離の制約はもはやないといえよう。

このような遠隔医療が守備範囲を広げていき、数多くの医療機器がネットワークにぶら下がってくるようになると、IoTの光と影が顕在化してくるであろう。利便性だけに目を奪われることなく、地に足のついた医療IoTの発展が望まれる。

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