第562号コラム:伊藤 一泰 理事(栗林運輸株式会社 監査役)
題:「デジタルトランスフォーメーションとレガシーシステム」

IoT、AIについて、テレビ・新聞・雑誌などのマスコミで取り上げられることが増えている。もちろんネットでも大騒ぎだが、はたしてどれだけの人々がその意味・内容を正しく理解し、自分が働いている組織等への適用やシステム構築を検討し、経済社会に役に立つように導入・利用しようとしているのか(または、導入・利用出来ているのか)については大いに疑問がある。IoTやAIという言葉は、政治家や大企業経営者の挨拶文にもしばしば登場するようになってきたが、「単なる枕詞」だったり、時候の挨拶のような慣用句になっているケースも目にする。そして、ここにきて、もっとわかりにくい(日本語に翻訳しにくい)概念が提唱された。それは、デジタルトランスフォーメーション(Digital transformation; DX)である。この言葉(概念)の意味するところは何なのか。定義自体が各々によって微妙に異なるため大変わかりにくい。筆者が調べた限り、一番わかりやすかったのは、行政のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するイベント「DX Days 2019」の案内文にある以下の表現である。

「行政手続きにおける大量の書類作成、複雑な手続きや長い待ち時間は国民・事業者にとって大きな負担となっています。この状況を踏まえ、経済産業省では、法人向け行政手続のデジタル化を進めることでユーザーフレンドリーな行政サービスを実現し、官民双方のコストを下げ、データを活用した質の高い政策立案・サービスを可能とする『行政からの生産性革命』の実現を目指すデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進しています。こうした取組を広く社会で共有するため、情報発信及び社会課題の解決に資するデジタル技術を有する企業・団体と政府・自治体職員の交流を通じたコミュニティ創出を図るためのイベント『DX Days 2019』を開催します。」

担当窓口:経済産業省 商務情報政策局 総務課 情報プロジェクト室https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212005/20181212005.html

経産省の場合、「行政事務を紙からデジタルに置き換えデータを利活用することで、単なる業務の効率化に留まらず、ユーザー目線で新たな価値を創出することを目指す」というように説得力のある表現が出来ている。

上記案内文の『行政からの生産性革命』の部分を『業務システムの改革による生産性革命』と置き換えれば、多くの企業で取り組んでいる「DX推進」を説明することが出来る。デジタル・フォレンジックという言葉と同様に、「習うより慣れろ」の精神で、日本語の翻訳より英語(原語)に慣れることで概念を体得すべきだと思った。

ところで、企業の業務システムに汎用コンピュータが使われるようになって、概ね50年が経過したと言われている。筆者は、1976年に政府系銀行のシステム部門に新人行員として配属され、それ以降も銀行系の業務システムの開発・運用に従事する機会は多かった。1997年~2001年の一時期は、オープン系の基幹システム開発に携わっていたが、プロジェクトの進捗が思わしくなく、様々なプレッシャーや関係者とのハードネゴシエーションに心身ともに疲弊していた。ふと、仕事の合間に、「将来、益々データは肥大化し、システムも複雑化していくだろうなぁ…」と考えると、何とも言えない不安を覚えた記憶がある。

ちょうどその頃、人類滅亡を示唆したとされる「ノストラダムスの大予言」で「1999年7月、空から恐怖の大王が降りてくる」というフレーズがブームとなっていた。恐怖の大王の正体は“某国の核ミサイル”なのか、それとも“巨大隕石の衝突”なのか…と思っていたら、なんとそれはコンピュータの「2000年問題」であった。当時は、コンピュータシステムで年月日を扱う際、4桁の西暦年のうち上2桁を省略し下2桁のみを取り扱うことが多かった。このため、年が99から00に変わったとたん、コンピュータが誤作動を起こすのではないかという危惧が真剣に論じられていた。今となっては笑い話だが、“銀行のシステムがトラブルを起こす”、“航空機が墜落する”、“原発が暴走する”、“核ミサイルが誤発射される”等々いろんな懸念が取り沙汰された。

この2000年問題については、ノストラダムスの大予言よりは真実味があったが、特に大きなトラブルもなく、1999年12月31日から2000年1月1日に日付が変わった。もともと、さほど大きな危機ではなかったものを色んな思惑が絡んで、マスコミが大げさに報道したものと思った。ある人いわく「この際だから、古い汎用コンピュータシステムからオープン系システムへの移行を図るべきだ」と、また、ある人は、「そうは言っても、汎用コンピュータに全面的に依存している状態でシステムを移行するのは、予算や人手の面から非現実的であるので、年月日に関わる部分を修正し既存システムを維持すべきだ」と主張した。結局、後者の現実論が採用されて、システムの大改修と数万ケースにも及ぶテストランが繰り返されることになった。今考えても、あの騒ぎは何だったのか、また、あの膨大な作業に掛かった時間と費用は本当に必要だったのか疑問である。

話は、またDXに戻るが、経済産業省の報告書『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』が注目を集めている。長いタイトルなので、一般には単に「DXレポート」と呼ばれているが、関係業界での反響は大きく、2019年のIT投資におけるキーワードは、DX一色になった感がある。

例えば、「DX時代における必要なITインフラを考えてみよう!」といったセミナーが開催される類である。でも、中身は以前と同じままで「DX」を「単なる枕詞」として付けただけということが無いよう祈るばかりである。また、「2025年の崖」という際どいフレーズが、「2000年問題」のときのように、ただいたずらに関係者の不安を煽り立て、無理な作業を強行することが無いようにと願っている。

【追記】

当初の予定では、コラム題:「デジタルトランスフォーメーションとレガシーシステム」としておりましたが、時間切れでレガシーシステムについて論じる余裕がなくなってしまいました。申し訳ありません。レガシーシステムと「2025年の崖」については、次回執筆の機会があれば、再チャレンジしてみたいと思っております。

【著作権は、伊藤氏に属します】