第137回コラム:舟橋 信 理事((株)NTTデータ・アイ 顧問、IDF理事)
題:「携帯電話フォレンジック:緊急通報における携帯電話の発信位置表示」

 携帯電話に関するデジタル・フォレンジック(以下「携帯電話フォレンジック」と言う。)と言えば、携帯電話内部に蓄積されている電子証拠を解析することを思い浮かべますが、携帯電話事業会社に蓄積されている通信記録や携帯電話の位置を特定することも携帯電話フォレンジックと言えます。
 本稿では、緊急通報、すなわち110番(警察)、118番(海上保安庁)又は119番(消防)を発呼した携帯電話の位置特定について、筆者も深く関わって参りましたので、日米におけるこれまでの経緯について述べておきたいと思います。
 なお、上記で「携帯電話フォレンジック」と表現しておりますが、iPhoneやiPad等の携帯端末機器やWi-Fiなどの普及を考慮すると、「モバイルフォレンジック」と総称すべきかと思います。

 1996年6月12日、米国連邦通信委員会(FCC)は、911通報、すなわち米国の緊急通報機能の強化について、次の2段階で実施することを決定しました。

1 フェーズⅠ 
 1998年4月1日までに、携帯電話事業会社は、PSAP(Public Safety Answering Point:警察及び消防の緊急通報指令センター)の受理担当者が、発呼者へのコールバックを行えるよう、発信した携帯電話番号の自動表示機能を提供すること。更に、携帯電話の電波を受信した基地局又はセルの位置を表示する機能を提供することされました。

2 フェーズⅡ
 2001年10月1日までに、911番通報時の携帯電話の発信位置を2次元(緯度、経度)の情報で表示する機能を提供すること。その精度は、911番通報の67%について、半径125m以内であることされました。この基準は、当時検討されておりました無線基地局等を用いたネットワーク側で測位する場合の制度です。
1999年9月のレポート及び指令により、携帯電話にGPSを組み込んで測位する端末ベースの測位方式についても採用が可能になりました。

3 計画の延期
 フェーズⅡの実施期限については、導入が進まない携帯電話事業会社から、延期要請があり、実施期限は2005年12月31日まで延期されました。

 位置の測位方式については、次の3方式が検討されました。

 ○ 基地局等のネットワークを用いたネットワーク測位方式(network-based solution)
 ○ 携帯電話に実装されたGPS測位による端末測位方式 (handset-based solution)
 ○ ネットワーク測位方式及び端末測位方式のハイブリッド測位方式 (hybrid solution)

 測位の精度は、採用した測位方式の基準に沿ったものであることが求められています。

 ○ ネットワーク測位方式:通報の67%は100m以内、95%は300m以内
 ○ 端末測位方式:通報の67%は50m以内、95%は150m以内

 携帯電話の販売計画は次によることとされ、端末測位方式又はハイブリッド測位方式を採用した携帯電話事業会社は、端末測位方式の評価基準を満たすことが求められており、GPSを実装した携帯電話の販売計画等については、次の通り定められました。

 ○ 2001年10月1日から販売開始
 ○ 2001年12月31日までに、新規販売台数の25%
 ○ 2002年 6月30日までに、新規販売台数の50%
 ○ 2002年12月31日までに、新規販売台数の100%
 ○ 2005年12月31日までに、加入者への普及率が95%となっていること

 財政基盤の弱い小規模地域携帯電話会社(2001年末の加入者数が50万件を超えない。)に対する緩和策として、2004年12月に制定された「ENHANCE 911 Act」に基づき申請手続きを行った場合はフェーズⅡの期限の短期的な延期が容認されました。

 国内においては、携帯電話の急激な普及にともない、携帯電話からの緊急通報が急増してきたため、警察庁(海上保安庁)及び消防庁において、それぞれ2000年半ばから、関係事業会社をメンバーとする検討会を設置し、その実現方策や整備計画について検討が始まりました。

 一方、2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロの後、米国において政府関係者専用のガバメント・ネットワークの必要性が取沙汰されておりました。我が国も、これを受けて ≪この部分は筆者の推測です。≫ 2002年4月、総務省に有識者及び電気通信事業会社関係者等を構成員とする「重要通信確保の在り方に関する研究会」が設置され、2003年7月に報告書が発表されました。
 報告書には、発信者位置表示システムの円滑な導入を図るために留意すべき事項として次の項目が盛り込まれました。

 ○ 通信の秘密やプライバシーの観点から発信者による意思確認が確実におこなわれること。
 ○ 位置情報の取得方法や精度等については、特定の方法・基準を定めるのではなく、多様な方法によることを可能とすること。
 ○ ネットワークの改修等は、国際標準化の動向を踏まえつつ段階的に実施していくこと。
 ○ 必要最小限のコストで、効率的に導入を図るため、緊急通報受理機関共通のインターフェースを実現するものとし、関係者間で十分に調整を行うこと。

 更に、2003年8月のIT戦略本部「e-Japan計画-2003」において、迅速かつ重点的に実施されるべき施策として盛り込まれましたので、2003年11月、総務省の情報通信審議会情報通信技術分科会に「緊急通報機能高度化委員会」が設置され、2004年6月に位置情報通知機能に係る技術的条件、導入計画及び技術的条件等について一部答申がなされました。この時の導入スケジュールは、次の通りです。

 ○ 位置情報通知機能の開始 : 目標年月:2007年4月
 ○ 移動機の普及      : 2007年4月以降、新規に提供する3G携帯電話については、原則としてGPS測
位方式により当該機能に対応することを目標とする。
 ○ 加入者普及の目標    : 2009年4月 GPS測位方式により対応する移動機普及率:50%
                 2011年4月 同普及率:90% 

 なお、IP電話に関しては、2005年3月、「IPネットワークにおける緊急通報等重要通信の確保方策」について一部答申がなされました。
 これらを受けて、事業用電気通信設備規則の一部改正が行われ、2006年1月公布、2007年4月1日から施行され、携帯電話事業会社には、生命に危険が及んだ時になされた緊急通報に関して、発呼した携帯電話の位置情報を関係機関へ通知することが義務付けられました。

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