第146号コラム:中里 毅 氏(国立病院機構千葉医療センター 臨床研究企画室長
                                       医療情報管理室長、IDF会員)
題:「病院情報システムの実情」

運転はできるが高速教習などだれも受けていない。ルールもまだ十分定まっていない。車のエンジンは速く走れるが安定性には不安がある。でも便利なので、皆できたばかりのスーパーハイウエイを走っている。違反があっても 誰も捕まらない。事故があって初めてびっくりして改める。

ユーザーの立場からすると病院情報システムはこんなものではないでしょうか。
当院では半年前に病院情報システムを更新しました。私は循環器科診療を行いながら、医療情報管理室を担当しております。システムは稼働していますが、さまざまな問題が起きています。

<1>検診の多人数のデータ閲覧をスムーズに行いたいという要望が部門から、部門システムベンダーにありました。すると、ベンダーの担当者は、部門システムの端末に利用者認証なしに、直接閲覧できるように設定して帰りました。危険性等の説明なしに。部門から 医療情報管理室へ「利用者認証なく誰でも使える、検診の対象者以外も開ける、これでいいのか?」と問い合わせがあり問題が判明しました。

<2>「パスワードの有効期間の設定等は厚生労働省の医療情報システム安全管理ガイドラインどおりに」と、何度かベンダーに依頼していたがその通り設定されていない。

<3> 研修医のカルテ記載、指示の承認(カウンターサイン)がまともにできない。1日100件以上あることもあり、30分かかります。パス(手術等1連の指示で、数十の指示からなる)があると泣きたくなります。最近では研修医にパスの入力はしないように、と指示しております。1つの承認に「選択」「承認」「次項へ移動」3クリックを要し、 しかも画面上であちこちにボタンがあります。毎回検索しているのか、10-15秒位かかることもあります。使えないとベンダーに言うと、「使っていない病院が多いようです。」とのこと。ベンダーは機能としては用意している、 と言うが使えない機能が多い。

<4>版の管理ができていない電子カルテ文書がある。仮保存を繰り返すことができ、誰が訂正、更新したか不明。仮保存のまま、患者が退院してしまうことが多い。

<5> こういう状況で、「厚生労働省の医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」の遵守がどの程度できているか、確認中です。(当院のシステムの仕様書には本ガイドラインを満たすこととして構築しました。) 主に 整備の状況はベンダー側にも確認してもらい、運用は当院の各部署でチェックリストの形で確認しております。  部門システムのベンダーの回答にやたらNA(該当せず)が多いのはしょうがないとして、某ベンダーからの「質問の意図、範囲が不明なので、当社では責任ある回答ができない」との回答がありました。 安全管理ガイドライン 認知度は病院で78%、診療所で39%(東大2009年、医療情報学30Suppl.2010 503 )しかないようですが、ベンダーも同様でしょうか。

- 病院のなかでも大変ですから、今後、
①院と診療所の連携を進めるうえで患者情報を電子的に共有
②患者自身 が持ち運べるあるいは自宅で入手できる自分の医療情報
③クラウドコンピューティングによる病院情報システムの導入
④レセプトなどの診療データの解析による医療の質の改善
等広い範囲で医療情報がやり取されるのは期待以上に不安が大きいものです。

<何が問題か>
病院には ユーザーとその代表しかいない。システム部門がほとんどない。(大学病院規模の病院は別)内部監査もシステムを対象として行っていない。その結果、要求定義がきちんとできない。

ただし要求定義をきちんとしても一般病院の導入する大手の電子カルテシステムはパッケージなのでカスタマイズが困難です。(大学病院などが金をかければ別)
1年もたつと、保険制度の変更も多数あり、これに懸ける金と労力は大変です。
保険診療に関する監査で指摘された事項につき、電子カルテベンダーに相談しても、それは全国的には指摘されていないことなので対応できない、カスタマイズもできない、といわれる。

つまり、システム部門がないから要求定義をできないのではなく、いくら完璧にしても実際のシステム稼働のときは問題が生ずるということです。
さらに、ベンダーもよくわかっていないでシステムを作っている。

<素朴に一般ユーザーとしての理想は>
1)ハイウェイのルールを定めてほしい(5年くらいは大きな変更しないで済むようなもの)

2)それから、ルールに適したハイウェイを安全に走れる車を作ってほしい、ユーザーはどれか選べば基準を満たしている。

3)それから、高速教習を受ければ、安全に走れる!

と思います。

しかし、ユーザーとしては当面、地道に、自分たちで、今あるシステムの使い道(運用)を考え、整備の問題をベンダーに何とかしてもらうよう訴えていくしかないのでしょうか。

【著作権は中里氏に属します】