第184号コラム:舟橋 信 理事(株式会社セキュリティ工学研究所 取締役)
題:「図上演習について」

 先の東日本大震災では、多くの方々が亡くなられた。岩手県釜石市では、地震直後の津波で大きな被害が発生したが、市内の小中学生の生存率は99.8%に達することが報道されている。その要因として、同市の防災・危機管理アドバイザーの片田敏孝群馬大学教授による小中学生を対象とした大津波に備えた教育、避難訓練等により身に就いた判断が小中学生の生命を守ったのである。

 発生すれば大きな犠牲が生じるが、人の生涯でほとんど遭遇することのない大規模な災害などへの対処は、演習を通じて経験し、前もって対処方策を考察しておけば、被害を最小化することに寄与する。
 このような観点から、慈恵会医科大学の浦島准教授を委員長とするボランティアの実行委員会(委員長を含め9名)主催により、平成19年より、バイオセキュリティ分野の図上演習を毎年開催している。今年は5回目の開催となる。毎回100人~300人の官公庁、警察、消防、自衛隊、医療機関、マスコミ、重要インフラ・リスクコンサルタント、製薬会社等の民間企業の方々、また、当研究会会員の方々にも御参加いただいている。

 本稿では、これまでの演習の概要をご紹介して、御参考に供したい。
 第1回は、炭素菌などを用いた生物テロをテーマとして、①バイオセキュリティ環境を分析し、直面する脅威に関して理解を深めること、②そのような脅威への最適な対応手段を考えること、③シナリオ研究を通じて、関係機関相互の意思疎通を図るとともに、状況判断能力を養うことなどを目的として実施した。
 第2回は、新型インフルエンザパンデミックをテーマとして、東京都港区役所区長、みなと保健所長に参加していただき、①いつ新型インフルエンザ国内発生に気付くか? ②初期段階で感染の連鎖をどのようにブロックし、封じ込めるか? ③連鎖を食い止められなかった場合、犠牲者の数を少しでも減らすためには、患者をどのようにトリアージし、どこで誰が診療するのか? の3段階に分けて、それぞれの段階ごとに地域連携モデルについての図上訓練を実施した。
 第3回は、同年春にメキシコに出現し、日本を含む各国に感染拡大した豚由来のインフルエンザ(H1N1)の国内の感染拡大に対する地域の対応をテーマとして、進行に合わせて集計機により参加者のアンケートを取り、結果を示しながら実施した。
 第4回は、VIPを迎えたホテルの宴会会場の料理に毒性の強いリシンを混入させた事案を発生させて、救命救急、政府の対応など小グループに別れて検討し、後半、グループ毎に対応状況の発表を行った。
 第5回は、本年11月23日に開催する。今年のテーマは、東京電力福島第一原子力発電所から流出している(流出した)大量の放射性物質に起因する健康リスクについて、チェルノブイリの経験、放射能汚染に起因する健康リスクの低減と国民が抱いている不安の解消という『安全・安心』の確保に向けた行政、企業、公衆衛生、メディア各分野における取組の現状と課題について、各分野の専門家を交えて議論する。
 今回は、センシティブなテーマであることから、科学的知見に基づいて、冷静に議論するためクローズドで行うこととした。

 これまでの演習の特徴は、第1回と第4回は、完全なブラインドで行ったこと、演習の最後に内閣官房の記者会見を設定し、本物の記者に記者の役を担当していただくなど本物に近い状況での演習を行っていること。
 参加者は、産官学に加えて、警察、消防、自衛隊、医療機関などの異業種の方々が参加し、討議することにより、相互の理解を促進していることなどである。
 ご興味のある方は、来年以降の演習に是非御参加ください。

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