第446号コラム:町村 泰貫 理事(北海道大学大学院 法学研究科 教授)
題:「集団的消費者被害回復裁判手続のデジタル化」

2016年10月から、日本版クラスアクションとも呼ばれる新しい制度が施行された。これは、例えば有名メーカーの製品を格安で販売すると偽って多数の消費者にニセモノを販売した場合のように、多数の消費者が共通の原因により受けた被害を、消費者団体が裁判で取り返すという手続である。

略して消費者裁判手続特例法という法律だが、被害回復の裁判を提起できるのは内閣総理大臣が認定した「特定適格消費者団体」であり、手続は二段階に分かれる。上の例でいうと、まず、ニセモノ販売の事実を認知した団体が原告となって、ニセモノ販売業者に対して、購入者に返金する義務があることの確認を求める訴訟を提起する。これが第一段階の共通義務確認訴訟で、そこで事業者に返金すべき共通義務があることが認められると、第二段階では、購入した消費者が団体に返金の手続を授権し、団体が個々の消費者の返金請求権を裁判所に届け出る。この債権届出を転送された事業者が返金義務を認めた場合は、実際の金銭支払いをするが、事業者が認めない場合は、裁判所が特定の消費者に返金請求権があるかどうかを決定で判断する。この手続を簡易確定手続という。簡易確定決定で返金請求権が認められても、なお事業者が認めなければ、通常の裁判手続が始まる。

この手続については、実はこのコラムで過去に取り上げたことがあり、そこでは情報開示命令という不完全なディスカバリーを問題視した。今回は、それとは別に、簡易確定手続の中で裁判所がデジタルデータを活用する可能性について考えてみたい。

簡易確定手続では、多数の消費者が被害回復を求めて債権の届出を授権するので、その多数消費者の情報が団体から裁判所、裁判所から相手方事業者に送られる。これに続いて相手方事業者が、個々の債権について認めるか認めないか、認否を行い、認否を行った個々の債権について裁判所に提出し、裁判所はこれを団体に送る。団体は、この認否について、争うかどうかを決めて、その旨を裁判所に送る。事業者の認否が争われた債権については、裁判所が簡易確定決定によって、その債権の存否を判断するのである。

このように大量の消費者の債権に関する情報を団体と事業者が裁判所を挟んでやりとりする手続については、真っ先にグループウェアの活用が思い浮かぶ。裁判所が管理するサーバーに債権届出をした消費者の一覧表を記録し、団体と裁判所、事業者が共有すればよい。あとは、その一覧表データに団体が認否を書き込み、これに対して団体が認否を認めるかどうかを付記する。争われた認否についてのみ、裁判所が簡易確定決定の結果を付記する。このようにすれば、間違いもなく、大量の債権に関するデータを効率的に処理することができるであろう。

しかし裁判所は、こうしたグループウェアに各当事者や裁判所がアクセスする形態を認めようとはしないであろう。さすがの裁判所も、通常の裁判手続において、非公式な形では裁判に用いる資料をデジタルデータにして管理しているが、当事者が提出する書面は依然として紙媒体による提出が正式なものであり、便宜的にデジタルデータの提出を求めているにすぎない。その提出方法は、裁判官によって異なり、メールでの提出を認めるところもあれば、USBメモリすら受け付けずにCD―ROMでの提出を求めるところもあるという。

この簡易確定手続でも、裁判官が解説した論文(中山孝雄=堀田次郎=川畑正文=千賀卓郎「簡易確定手続」判例タイムズ1430号6頁以下)では、団体が債権届出の一覧表をデジタルデータで提出することを求めている。そして裁判所の対象消費者表は団体が提出したデジタルデータを活用して作成し、これを相手方事業者に交付し、相手方事業者はこのデータに認否を書き込んで、再び裁判所に返すというやり方を想定している。このデータのやりとりについては明示されていないが、おそらくメールでの送受信は認められず、USBスティックまたは光ディスクを、そのプリントアウトとともに送付するということになるであろう。

このようなやり方では、一方当事者から提出されたデータについて、元のデータとの照合が常に必要となるし、改変等の有無をめぐる紛争さえ懸念される。それよりは、書き込み領域を限定したグループウェアの利用によることが、最も効率的かつ安全であろうと思われる。

それに、この手続においてサーバーとグループウェアの利用が進めば、次は倒産処理手続における債権届出から確定までの処理にも、さらには民事執行手続における債権届出にも応用が考えられる。そのようにして、少なくとも多数の関係人が登場する裁判手続では、デジタル化が徐々に進む、そんな突破口となるのではなかろうか。

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