第705号コラム:町村 泰貴 理事(成城大学 法学部 教授)
題:「消費者のためのデジタル技術」

情報化は、いうまでもなく消費者に多大な恩恵をもたらしているが、その一方で大きなリスクを生じさせている。具体的には、実店舗が物理的にあるわけでもなく、また取引相手の顔が見えるわけでもないという電子空間の中での取引では、意図的な詐欺がやりやすいし足もつきにくい。サクラサイトのように詐欺そのものではあっても善意の仲介者の振りをすることができる。詐欺ではなくとも、景品表示法に触れるような誇大広告や誤認を招く表示はやりやすいし、プラットフォームを介することで責任の所在も曖昧になりやすい。特定商取引法で規制されるような取引形態も、特にマルチ商法(連鎖販売取引)や内職商法(業務提供誘引販売取引)などは情報ネットワークを通じて増殖している。特にいわゆる情報商材は、無価値な情報を儲かりますといって売るのだから、詐欺そのものというべきではあるが、おおっぴらに行われている。加えて海外取引も容易になったから、ネット上の日本語サイトで普通に買い物をしても、後にトラブルが起きてその解決が必要になると、取引相手が海外の事業者だったり、苦情一ついうのにも外国語によらなければならなかったりして、法的手段を取ることの難度も跳ね上がる。

このように、デジタル化とネットワーク化が消費者被害を激増させているが、情報技術の発達が常に消費者のリスクを高めるとは限ったものではない。むしろ、消費者にとってより安全で便利な取引環境となりうる可能性はある。例えば、ネット環境は詐欺師にとって足がつきにくいとは書いたが、足がつかないというわけではない。インターネットは匿名の世界だというのは外見上にとどまるのであり、原理的には情報の受発信主体を特定する情報を付けて、情報のやり取りをしているのであり、その記録があちこちに残されている。従って、トラブルとなれば、誰が相手方なのかは原理的には判明することになっている。

もちろん、現実には、記録が保存されていなかったり、極めて短時間で切り替わるために記録されたIPアドレスと通信主体との対応関係が不明になっていたり、様々な事情から発信元が判明しないこともありうるし、意図的に情報経路を隠すことで追及を免れることも可能かもしれない。しかしそのような困難をひとまず置けば、デジタル情報通信は基本的に身元が判明する仕組みで成り立っており、プロバイダやプラットフォーム事業者に対する法的な義務付けにより、トラブルの際の身元不明問題はかなりの程度解消する可能性がある。

また、ネット取引では、デジタル上の口コミ情報や取引実績やアクセス数に基づくランキング情報が、消費者に判断材料を与えている。これはネット以前の消費者がごく少数の仲間からの口コミを頼りにしていたのと比較すると、デジタル化がもたらした恩恵であり、集合知ともいうべきものにつながっていく。

ここでもまた、ヤラセ口コミやランキング操作といった情報の歪みが立ちはだかるのであるが、これに対してEUなどではランキング・アルゴリズムの公開により透明性を確保し、不正な操作をしにくくする法的規制の方向に行きつつある。情報の不正な操作は、プラットフォーム事業者が行うだけでなく、取引事業者が行うヤラセと、その競争相手が行う信用毀損行為とが考えられるが、法的にはいずれも問題があり、不正競争防止法や景品表示法などが手当すべき対象と位置づけられる。

デジタル技術が消費者に豊かな消費生活という恩恵をもたらすことは確実であるが、他方でデジタル技術を用いた詐欺・欺まんや誤認の可能性、そしてなりすましやくもがくれの可能性が増大することも確かである。それらに対して、やはりデジタル技術を用いた消費者の安全安心な取引環境の整備が望まれる。その際、法はそのような環境整備のバックアップを行うものとして、ますます重要なツールとなっていくことであろう。

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