コラム第924号:「広がるソフトウェアサプライチェーンリスク」
第924号コラム:寺師 悠平 幹事(株式会社NTTデータグループ 技術革新統括本部 Cloud & Infrastructure技術部 情報セキュリティ推進室 NTTDATA-CERT担当)
題:広がるソフトウェアサプライチェーンリスク
近年、生成AIの普及やクラウドサービスの高度化によって小規模なソフトウェア開発のハードルは大幅に低くなっています。生成AIによりコード生成が可能となり、外部ライブラリやサービスを組み合わせることで、専門的な知識が十分なくても、一定レベルのシステムを構築できる環境が整いつつあります。こうした背景から、今までソフトウェア開発に馴染みがなかった人も個人開発に取り組むようになってきています。一方で、この利便性の向上と引き換えに、ソフトウェアサプライチェーンを狙った攻撃が現実的なリスクとして顕在化しています。
こうした脅威の高まりを象徴するのが、2026年に入ってからの動きです。特に2月から3月にかけての短期間において、複数のソフトウェアサプライチェーンに関連するインシデントが相次いで報告されました。コンテナセキュリティツール「Trivy」、AI関連ライブラリ「LiteLLM」、JavaScriptライブラリ「Axios」などが侵害され、開発者が日常的に利用するツールやライブラリが攻撃対象として狙われている実態が浮き彫りになりました。
こうしたソフトウェアサプライチェーン攻撃の特徴は、「信頼して利用しているもの」がいつの間にか侵害されている点にあります。正規のリポジトリやパッケージ、アップデート経路を通じて不正なコードが取り込まれるため、利用者側からは異常に気付きにくく、侵害環境で窃取された認証情報が攻撃者によって悪用されることで、被害が拡大していきます。
さらに、問題のあるパッケージを削除・修正しても、該当パッケージがキャッシュやコンテナイメージ内に残っていた場合、影響が残り続ける可能性があります。それが意図せず再利用されることで、再び不正なコードが実行されるリスクがあります。加えて、どの時点でそのバージョンが導入され、どの環境で実行されていたのかが記録されていなければ、影響範囲を正確に把握することは困難です。
インシデント後の対応においては、影響範囲を正しく特定することが重要です。不正なパッケージによって認証情報が窃取されていた場合、それを足掛かりとして別のシステムやリポジトリへのアクセスが試みられる、横展開が発生する可能性があります。このため、影響の可能性がある場合には、APIキーやアクセストークン、パスワードなどの認証情報を速やかにローテーションすることが重要になります。
また、一度侵害が成立していた場合には、攻撃者が環境内に永続的なアクセス手段を確保している可能性も否定できません。不審なジョブの登録やバックドアの設置などにより、問題のあるパッケージを削除した後もアクセスが継続されるリスクがあります。そのため、単に該当バージョンを更新するだけでなく、どの範囲に影響が及んでいるのかを正確に把握することが重要です。その上で、影響範囲を限定できない場合や、環境の信頼性を担保できないと判断される場合には、環境全体の点検や再構築を検討する必要があります。
こうした状況は、AIの活用が広がる現在において、さらに顕著になっていくと考えられます。生成AIを用いることで開発スピードは大きく向上しますが、その一方で、どのようなライブラリやコードが利用されているのかを十分に把握しないまま開発が進んでしまうおそれがあります。特に、直接利用しているライブラリだけでなく、それらが内部で依存している間接的な依存関係まで含めると、実際に取り込まれているコードを正確に把握することは容易ではありません。
このように依存関係の可視性が低下する環境においては、利便性と安全性のバランスを意識しつつ、運用で実行可能な対策を講じることが重要です。具体的には、利用する外部ライブラリの公開元や更新状況を確認し、公開直後の新規バージョンを即時に採用しない運用を取り入れること、依存導入時に自動実行されるスクリプトやフックを必要に応じて制限すること、さらに公開元や証跡などの信頼性が低下した更新を安易に受け入れないことが有効です。また、CI/CD環境を中心に、依存パッケージの取得や実行時の挙動、とりわけ外部通信などの不審な動きを検知・記録し、必要な範囲でログを保持することで、後から検証可能な状態を維持することも重要です。
ソフトウェア開発は今後もますます効率化していく一方で、サプライチェーンを起点としたリスクも拡大していきます。すべての攻撃を未然に防ぐことは現実的ではありませんが、侵害を前提として影響範囲を把握し、迅速に対処できる状態を整えておくことは可能です。利便性を享受するだけでなく、ツールや依存関係を過度に信頼しない前提に立ち、リスクを管理する姿勢がこれからの開発において不可欠です。
※著作権は、寺師氏に属します。
※本稿は筆者の見解であり、IDFの見解を示すものではありません。

