コラム第926号:「Mythos級のAIモデルの登場とCSIRTの憂鬱 」

第926号コラム:小山 覚 理事(NTTドコモビジネス株式会社  情報セキュリティ部 部長)
題:「Mythos級のAIモデルの登場とCSIRTの憂鬱」

私は重要インフラ事業者のCSIRT組織の責任者をしている。いま世間を騒がせている「Claude Mythos Preview」やOpenAIの新型モデル「GPT-5.5」など、Mythos級のAIモデルとどう付き合うべきか、考えだすと憂鬱なのだが、5月12日時点の情報に基づき、個人的な想像をかなり含んだコラムを書かせていただいた。信憑性はAI以上に低い前提で読み捨て頂ければ幸いである。

はじめに:転換点としてのMythos
2026年4月に発表された「Claude Mythos Preview」は、サイバーセキュリティ分野の転換点が訪れたことを、世界中のセキュリティ関係者に知らしめた。
このAIモデルは、ソフトウェアの構造を理解し、自律的に脆弱性を発見し、さらに攻撃コードを書いて、エクスプロイトを成立させる能力を持つとされる。そして従来、専門家が時間をかけて行ってきた脆弱性調査やデジタル・フォレンジックは、このAIによって制御不可能な状態まで加速されていくだろう。

しかしMythos級AIモデルの本質はその性能ではない。
このAIが攻撃と防御の双方に転用可能なデュアルユース技術であることが、国家を含めた関係者に構造的な変化を引き起こしつつある。Mythos級AIモデルが登場した今、問題は「脆弱性を発見できるか」ではない。「大量に発見され得る脆弱性に、どう向き合うか」これが新たな問題である。プラスとマイナスの「リスク」への対応、これが私の憂鬱の始まりである。

Mythosが変えた関係者の構造
Anthropic社が「Claude Mythos Preview」の一般公開を見送り、Project Glasswingを立ち上げて一部の国や企業にMythosを提供したように、Mythos級AIモデルの開発ベンダは、単なるツール提供者ではなく、「誰にどの能力を与えるか」を決定する存在となった。

Mythos級AIモデルは、お金を出せばだれでも利用できる従来型のソリューションとは異なり、AIモデルを直接・間接に活用できる組織と、そうでない組織の防御能力に、決定的な格差を生じさせる。費用対効果だけで判断しては間違う恐れがある存在である。まさに経営課題として取り組むべきが「Mythos級AIモデルが引き起こした未来」への対応である。

セキュリティベンダは、近日にはMythos級AIモデルを運用しセキュリティサービスを提供するようになるだろう。しかし、ユーザ企業はMythos級AIモデルに、ソースコードなど自らの情報をインプットし、セキュアなシステム開発を行うような段階に進めるのだろうか。

CSIRT組織のジレンマ:つぶし切れないリスクとの対応
Mythos級AIモデルの登場で、CSIRT組織の責任者は難しい問題に直面する。
高額な利用料を支払って、Mythos級AIモデルを利用し、自社開発のソフトウェアの脆弱性対策を進めると、システムの開発段階で脆弱性が大量に発見される可能性が高い。たぶんそうなるだろう。しかし、発見された脆弱性すべてに対応することは不可能である。
いままで、攻撃者有利と言われながらも、開発段階におけるソースコード診断や、セキュリティベンダの脆弱性診断やペネトレを頼りに、対策を打ち続けてきたセキュリティの均衡が崩れだす。

つまり、CSIRTの役割は、「最後まで、可能な限りすべてを守る」から、「最初から、何を守り、何を捨てるか決める」へと変わっていかざるを得ない。だがしかし、経営者は「Mythos級AIモデルにお金をかけたのだから、可能な限り全ての脆弱性をつぶしてほしい」と言うに決まっている。さてどうしたものだろうか。

新たな課題:クラウドAIとオンプレミスの断絶
実際にMythos級AIモデルを自社のセキュリティ対策の業務に組み込む場合は、さらに難しい問題が浮かび上がる。それは、AIはクラウドにあり、守るべき資産はオンプレミスにあるという構造的な断絶である。
多くの組織では、重要な業務システムや機微なデータは、依然としてオンプレミス環境に存在している。一方、Mythos級のAIモデルは高い計算資源を必要とするため、クラウド上に大規模環境が構築されサービスとして提供される。「知能」と「データ」が分離されているのだ。

一般的な組織では、SaaS等のクラウドサービスに社内の機密情報をアップロードすることは不可とされている。情報漏洩等のインシデント発生時の対応を考えると、誰もが慎重にならざるを得ない。Mythos級AIモデルは圧倒的な「解析能力」を持つ、しかしこのままでは「データを渡せない」、このジレンマは、法と規制、契約、コンプライアンス、そして組織の信頼に関わる難しい問題である。
守るべき情報資産がオンプレミス環境にある状態で、Mythos級AIモデルの価値である「実際のコードやログ、構成情報を加味した分析能力」を活用するには一工夫いりそうだ。

Mythos級AIの価値を引き出す現実的な方法
ここでは、Mythos級AIの価値を引き出す現実的な方法について考えてみたい。想像の域を出ない個人的な考えであることをご容赦いただきたい。

① データの抽象化・最小化による情報漏洩リスクへの対応
機密情報そのものではなく、抽象化された情報のみをAIに投入することで、情報漏洩リスクに対応することができる。システムの脆弱性調査をMythos級AIモデルに頼む場合は、全てのソースコードを提供するのではなく「コードの一部抜粋」や、「プログラムの構成情報の匿名化」を行い情報漏洩リスクに対応する方法が考えられる。

AI活用を安全サイドに倒した対応策ではあるが、実際にやる場合は分析精度と情報漏洩リスクのトレードオフに悩むことになるだろう。システム開発など定型的な計画業務では効果を発揮するかもしれないが、インシデント対応やデジタル・フォレンジックではスピードが優先されるため、事が起きてから「データの抽象化・最少化」の検討を行うやりかたは現実的ではない。悩ましい課題である。

② Mythos級AIモデルのオンプレ環境の整備
Mythos級AIモデルのオンプレ版が提供される前提ではあるが「プライベートAI基盤を構築(専用環境)」する方法はありかもしれない。しかし、問題はコストである。Anthropic がProject Glasswingのために用意した予算が1億ドルである報道から推測すると、一組織では賄えないほど莫大な資金が必要となる。国家レベルの資金があり、計算資源の制約なく複数のAIモデルのアクセスが可能なAI基盤を構築できるのならば、独自環境を構築する価値が出せるかもしれない。

●おわりに:CSIRTの憂鬱
一企業にとってMythos級AIモデルは、コスト面だけを考えても、まだ手が出しにくい存在である。しかし近い将来、普及版AIモデルが安く使える状況になることは間違いないだろう。その時までに組織の業務形態をMythos級AIモデルに合わせたDevSecOps型に見直していく必要があると考えている。DevSecOpsについては、こちらをご参照いただきたい。
https://www.ntt.com/business/services/xmanaged/lp/column/dev-sec-ops.html

Mythos級AIモデルの登場により、CSIRTが判断すべきことが増え、「AIを使えない場所(オンプレミス環境)」が、組織のリスクとなりかねない可能性がある。結果としてCSIRTの責任者は、これまで以上に手が届かない場所に対する、多くの意思決定を求められる。

何をAIに任せ、何を人が握り続けるのか、ひとつだけ確かなことがある。
AIがどれほど進化しても、「どこまで委ねるかを決める責任」は人間からAIに移してはならない。
CSIRTの憂鬱とは、Mythos級AIモデルがもたらす未知の脅威に対する恐れではない。
それは、「AIに委ねることすら含めて、自ら決めなければならない」ことへの武者震いであると思いたい。これが避けられない現実なのである。

さて、多少は間違っているかもしれないが、自分の考えをまとめることが出来たようだ。
今後は同業他社のCSIRTと意見交換して、一組織では対応困難な課題について、進め方を検討していくこととしたい。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

※著作権は、小山氏に属します。
※本稿は筆者の見解であり、IDFの見解を示すものではありません。