コラム第929号:「AIが変化させるアメリカの裁判 - 近時の証拠法判例と実務」
第929号コラム:櫻庭 信之 理事(第一東京弁護士会 弁護士)
題:AIが変化させるアメリカの裁判 - 近時の証拠法判例と実務
実用的な生成AIがコンシューマ向けにリリースされると同時に、米国弁護士の間にAIが急速に普及しました。訴訟先進国である米国の法曹実務は今やAIを必須のツールとしており、AIを使った判決予測や各裁判官の判断傾向(人間としての行動パターンなど)を提供するリーガルテックサービスもすでに始まっています。アメリカの現状を象徴するものとして、昨(2025)年のワシントンDC・コロンビア特別区控訴裁判所の判決があります。判決の中でディール裁判官がChatGPTを使ったリサーチに基づいて反対意見を述べたのに対し、多数意見のハワード裁判官は、「私は同僚がAIを使ったことを非難するつもりはありません。」と前置きしつつ次のように述べました。
「AIツールは増え続けており、私たちはそれを無視すると、自らに危険を招くことになる。(略)AIツールは 単なる仕掛け以上のものである。それらは様々な形で裁判所に現れており、裁判官はこのテクノロジーに関する能力を身に付ける必要がある。たとえ裁判官がそれを使いたくないと思ってもである。」
AI関連の判例が次々と形成されている中、本コラムでは、証拠法に関する重要な判例と実務のいくつかをご紹介します。長くなりますが、ご容赦ください。
1 証拠法の重要判例
(1) 秘匿特権・ワークプロダクトの保護
合衆国対ヘップナーの刑事裁判では、被告人が弁護人の助言なくClaudeを使っていた。このClaudeとのやり取りが弁護士秘匿特権およびワークプロダクト(訴訟準備文書)として保護される(開示義務を免れる)かが裁判の争点になり、本(2026)年2月、ニューヨーク南部地区連邦地裁はいずれの保護も否定した。Claudeのプライバシーポリシーには、アンソロピックがユーザの入出力データを収集・使用してClaudeをトレーニングし、第三者への開示権利も留保することが定められ秘密性が弱い。周知のように、AIは単なるITシステムと異なり、データが一度学習されるとAIの脳(数億〜数兆個のパラメータ)にモザイク状に溶け込み、後で当該データだけをモデルから完全に抽出・除去するのは技術的に極めて困難になる。その結果、無関係な第三者に出力されるリスクが生じる。
一方、同月、ミシガン東部地区連邦地裁南部支部は、代理人をつけない民事の本人訴訟であるワーナー対ギルバーコで、ChatGPT等生成AIとのやり取りに対するワークプロダクトの保護を肯定したことから、判断の整合性に関心が集まった。本年3月、モーガン対V2Xにおいて、コロラド地区連邦地裁は、生成AIとのやり取りに対する本人訴訟でのワークプロダクトの保護を再び認めた。ヘップナー決定との区別について、同地裁は、本人訴訟では当事者と弁護士との間にギャップがないからだ、と説明する。
もし裁判当事者が使った生成AIがコンシューマ用ではなく、学習モデルへの利用制限や守秘・削除機能を備えたクローズド・システムのエンタープライズ用AIであった場合、秘匿特権の保護はあるか。この場合もやはり開示義務を免れないと解するのが今のところ米法曹界の大勢である。理由は秘匿特権の趣旨にある。保護を受けるには、生成AIの利用とそのプロセスの全てが弁護士の指示に基づくことを証明しなければならない。AIは非決定論的な出力をするため、気に召さない回答に対し入力をやり直していると、弁護士の指示を受けない状況下では、プロンプトの全入出力テキストが、AIプラットフォーム上の全てのログ、添付したファイル、操作履歴、メタデータなどとともに法廷に開示され、当時の本人の生々しい思考過程が裁判で暴かれる可能性がある。
(2) 開示対象
ニューヨーク・タイムズ対オープンAIは著作権侵害訴訟であるが、その過程で争われたeディスカバリが大きく注目されている。ニューヨーク・タイムズは、オープンAIがユーザとの会話を削除し、証拠を組織的に破壊している、と申し立てた。ニューヨーク南部地区連邦地裁(2025年)は、ユーザの要請によるか、「多数のプライバシー法および規制」によるかを問わず、本来削除すべき全ての出力ログデータ(つまり削除操作により削除がマークされた出力ログデータ等)を保存し分別するよう暫定的に命じ、異議審もこれを維持した。この裁判に関連して、法曹界では証拠選定と大幅なコストカットにはTARの活用は必須、と改めて唱えられた。
発注元と請負業者のどちらが原因で工事遅延や生産性低下を招いたかが争点となったプリモリス・エナジー・サービシス対エアープロダクト・アンド・ケミカルズでは、テキサス南部地区連邦地裁ガルベストン支部(2025年)は、作業終了時のステータスを反映したPower BIダッシュボード等の開示を命じている。
(3) 原動画との同一性
ワシントン州対プロウカの刑事裁判では、事件現場にいた目撃者がiPhoneで撮影しSnapchatに配信した10秒間の動画が手振れで不鮮明なため、被告人側は機械学習アルゴリズムのTopaz Video AIエンハンスメントツールを使い、Adobe Premiere Proで処理して鮮明度を高めた動画を証拠申請した。これに対し、ワシントン州キング郡上位裁判所(2024年)はその証拠能力を否定した。この結論は、法律論としては、ツールがピアレビュー(査読)されておらず再現性がないなど、フライ基準(連邦と異なり、州レベルではフライ基準を採用している地域が現在もある。)と州証拠規則に基づくものであるが、むしろ判断の核心は、AIが「元の画像にあった情報を削除し、元の画像になかった情報を追加した」ことにより、「適切で、許容されるビデオのフォレンジック分析を不可能にした」という判示部分にあった。
ウィスコンシン州対リッテンハウス(2021年)では、検察がドローン動画を証拠提出しようとしたのに対し、弁護側は、使用されたAppleのPinch-to-Zoomは単なる拡大ではなく、新しいピクセルを生成して元の画像を変更するアルゴリズムに依存している、と異議を述べた。検察がこの異議に対し直ちに説明ができなかったため、ウィスコンシン州ケノーシャ郡巡回裁判所は、動画の証拠申請を却下している。
(4) ディープフェイク
AIの民主化に伴ってディープフェイク問題は現在全米の裁判所で深刻化しており、関連する判断や実務が次々と現れている。たとえばメンドーネス対クッシュマン・アンド・ウェイクフィールド(2025年)では、原告は、動画をiOS 12.5.5を搭載したiPhone 6 Plusのカメラで撮影したものとして証拠申請したが、動画の一部がロボットのように見えたことから、AIが原因だ、と説明した。これに対し、カリフォルニア州アラメダ郡上級裁判所は、メタデータの矛盾を指摘したほか、該当するAI機能の導入はiOS 18以降かつiPhone 15 Pro以降の機種であり、タイムラインとして絶対にあり得ない、と見破り、打切り制裁による再訴禁止棄却を言い渡している。
2 証拠規則・法制と実務
ESI(電子的保存情報)の証拠能力の審査は、従来、連邦証拠規則902条(13)(14)の電子的プロセスやハッシュ値、あるいはそれらの宣誓供述書等による自己認証が中心だった。証拠のコンテンツだけでは真贋の判別が困難な現在、立証の比重は、真正性・識別の主張を裏付ける十分な証拠提出を義務付ける連邦証拠規則901条の厳格運用に移りつつあるように見える。AIの出力は人間がプロンプトで誘導・編集したものだから、伝聞証拠として原則排除すべきだ、とする考えも近時有力である。
収集から相手方へのプロダクション(証拠開示)、裁判所への提出までのチェーン・オブ・カストディを立証し、ハッシュ値、ファイル(メール)ヘッダ、ログ、モデルの出力、タイムスタンプ、ファイルバージョン、使用ツール名などを外部証拠でクロスチェックする実務はこれまで以上に励行されている。ログのないUSBメモリによる電子証拠やコピーの提出はスポリエーション(証拠の不当破棄・改ざん)を疑われるため、ネイティブ・ファイルの提出が強く求められる。上述のダッシュボードの開示にも見られたように、たとえば医療訴訟では、テキストのPDFだけでは不十分で、医師や看護師のディスプレイ上で実際にはどう見えていたのか、ポップアップの挙動等を含めネイティブ・ファイルで明らかにさせる。生成AIは勝手にメタデータを付け替えることがあるため、弁護士実務では上述のようにAIプラットフォームの全ログやプロンプトの全入出力履歴等の開示を求める。
テキストだけを見て真贋を判定するツールとしてはZeroGPTなどが知られているが、米法曹界での評判は現時点ではあまり良くない。テキストだけでツールに判断させたところ、「聖書の88%、合衆国憲法の96%はAIが作ったものであり、人間が書いた文章ではない」と判定された実験報告(2023年)がある。
法制としては、米国カリフォルニア州AI透明性法(SB-942)のプロベナンス(出所来歴)データが注目される。同法は、プロベナンスデータを「デジタルコンテンツの真正性、起源、または変更履歴を検証する目的で、デジタルコンテンツに埋め込まれたデータ、またはデジタルコンテンツのメタデータに含まれるデータ」と定義し(22757.1(i))、各種の義務を課している。全世界に影響を及ぼしているEU AI法も、透明性義務(50条)のうち汎用目的AIに関する、人間の目に見えない機械読み取りの埋め込み義務(同条2項)を、本年12月2日から施行を予定する(先月のEUオムニバス法の合意による)。人間が読めてしまうと消去・改ざんリスクが高まることから、ガバナンスの観点から同条項のメタデータ(電子透かし、暗号学的署名)はプロベナンスを不可視なものとし、かつ攻撃耐性を求めた(Recital 133)。EU AI法が定める違反への行政罰金はGDPRを彷彿とさせ、一部はGDPRを超えた巨額となる(99条)。
連邦証拠規則諮問委員会は、機械生成証拠に関して現在707条を新設する方向で作業を進めている。ダウバート基準をさらに厳格化した案が提示されており、たとえば対象はAIの出力自体、適格性はアルゴリズムの信頼性と学習データの適切さ、争う方法の例は事前開示されたコードやエラー率の技術検証、などとし、裁判官には厳格なゲートキーパーとしての役割を課す。しかも、従来のダウバートの判例法と異なり、全要件を満たすことが求められる。
3 ハルシネーションに対する弁護士の責任とAIエージェント
AIのハルシネーションによる裁判所への虚偽内容の申立・主張は増加の一途をたどっており、弁護士懲戒や法律事務所への制裁が全米で後を絶たない。AIを使ったのに裁判所に正直に答えないときの制裁は特に手厳しい。アメリカ法曹協会(ABA)モデル法曹倫理規則1.1のコメント8は、弁護士が関連技術の利点とリスクを常に把握し、継続的な学習と教育に取り組むべきことを定めるが、この義務は2024年のABA正式意見512で生成AIに関する弁護士の義務として具体化された。AIツールは非弁(法曹資格のない)のアシスタントと同様に扱われるため弁護士には監督責任がある(通説。モデル規則5.1、5.3、正式意見512参照。)。弁護士自身がAIを使って生じたハルシネーション、あるいは依頼者のAI使用が原因のハルシネーションを鵜呑みにし虚偽文書を弁護士が裁判所に提出した場合、弁護士自身の過誤とみなすスタンスで裁判所も弁護士会も一貫している。
今年4月には、名門法律事務所のサリバン・クロムウェルが破産裁判所に虚偽事実を申し立て、このことは世界中に報道された。同事務所が裁判所に提出した謝罪文はネットで見ることができるが、謝罪ではポリシーや研修、ドラフトのレビューなどでも確認できなかったと弁明している。しかし、大勢の弁護士を案件に投入していながら、レビューの際は原典に直接当たって突合していなかったとみられる。
昨年から今年にかけ、海外のいくつかの主要なセキュリティシンポジウムで、「AIエージェントはマルウェアのように扱うべきだ」とする発言が聞かれた。機密情報がガバナンスの不十分なサードパーティ・ベンダに知らないうちに渡され、社内データが勝手に書き換えられ、あるいは非決定論的な微かなズレが複数のタスクを自律的にループするうち、自信たっぷりに虚偽の回答をする。さらには在職中に作ったAIエージェントが退職後も社内を徘徊していた、等々。プロアクティブで人間の常識を持たないAIエージェント(MCP含む)の爆発半径は桁違いに大きくなることから、米法曹界でも本年に入ってそのリスクが議論になっている。法曹倫理規則が定める監督責任では、個々のタスクへの直接監督が非現実的な場合があり、弁護士はAIの法律事務所導入の上流工程にシフトレフトすべきだという。説明責任のための全てのAIの棚卸しとID管理、最小特権の細かい設定と知る必要性による制御、さらには、真のポリシーとはホームページに掲げる実効に乏しい儀礼文書のことではなく、セキュアなビジネス要件をAIシステムの制御に機械可読形式で直接落とし込むことだ、と実務家は説く。
4 結び
かつて紙の証拠と電子証拠の違いを見極めたアメリカ法曹界は、現在、ITとAIとの相違の本質を追求し、判例法の進化を加速させています。日本でも類似のケースが今後裁判で争われると予想されますが、先例としてのいわば半減期が短い(陳腐化が早い)ものもあることに気を付ける必要があります。
※著作権は、櫻庭氏に属します。
※本稿は筆者の見解であり、IDFの見解を示すものではありません。

