コラム第932号:「頂き女子りりちゃんとは何だったのか」
第932号コラム:松本 隆 理事(株式会社ディー・エヌ・エー IT本部 セキュリティ部 サイバーアナリスト)
題:頂き女子りりちゃんとは何だったのか
■ 「頂き女子」という発明
2023年のユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされた「頂き女子」という造語は、渡辺真衣被告がSNSを通じて広めた詐欺の手法を指している。彼女はパパ活の枠組みを悪用し、男性の恋愛感情を利用して大金を騙し取る方法をマニュアルとして言語化した。このマニュアルはSNS上で約3万円で販売され、約1,000人に渡ったとされる。
■ すべてを共有しあうコミュニティ
渡辺被告の手法は、まずマッチングアプリやSNSでターゲットとなる男性を探し、LINEなどでこまめに連絡を取って信頼関係を築くことから始まる。相手が自分に好意を抱いた段階で、親との不仲や借金といった嘘の悩みを打ち明け、相手に「自分がいなければこの子は駄目だ」と思わせる心理操作を行う。その後「家賃が払えない」などの具体的な窮状を伝えて現金を送金させる。彼女がこのようにして男性3人から集めた金は、計約1億5,500万円に上った。
この事件の背景には、詐欺の実行犯たちが互いに協力し合うSNSを通じたコミュニティの存在があった。そこでは、ターゲットを騙すためのアイテムが日常的に共有されている。例えば、男性に対して支払いに困っていると見せかけるため、携帯電話の利用明細や、同情を引くためのうつ病の診断書などの画像がコミュニティ内で共有されていた。また、効率的に稼ぐためのノウハウや、暴力を振るったり金を払わない男性を「危険男性」として共有するブラックリストサイトも存在している。コミュニティは、本来は隠されるべき自らが受けた性被害の内容を、全て「仲間」に共有するといった、第三者からは理解できない価値観で運営されていた。
■ りりちゃんはごくちゅうです
逮捕後、渡辺被告は勾留生活の中で自身のこれまでの生き方を見つめ直し、「本当の救いって一体何?」と考えるようになったという。
彼女は「それ(本当の救い)を追求していきたい。それが分かるようになったら、私と同じ境遇の女の子達に本当の救いを教えてあげられる存在になりたい」と語り、自身と似た境遇にある若者たちへの救済を望む姿勢を見せた。この考えを具体化するため、支援者を通じて「りりちゃんはごくちゅうです」というSNSアカウントを運用し、獄中で書き綴った日記や手記を有料公開して、その収益を被害弁済に充てるプロジェクトが立ち上がった。支援者と弁護人は「合同会社いぬわん」を設立し、被害者への弁済と未払い税の納付、本人の更生支援を担う枠組みとして動き出した。
しかし、こうした救済を模索する物語の先にあったのは、新たな人間関係による破綻であった。彼女は勾留中、文通していた男性から求婚され、結婚を望むようになる。この男性は実在する暴力団組織の一員とされ、自らが特殊詐欺などの仕組みに関わったと語っていたという。やがて彼女は支援者に対し、弁済活動の停止と、合同会社の収益をこの男性の口座へ振り込むよう要求し、応じなければ横領で訴えることまで示唆した。本来は被害者への弁済に充てられるはずだった原資が、反社会的勢力へと流れかねない事態となり、支援者は2025年4月、被害弁済プロジェクトの解散を発表した。真の意味での「救済」を追求すると語った彼女が、面識すらない反社会的背景の人物に絡めとられ、自らの更生の足場を自ら崩していくその構図は、社会復帰や更生のあり方として大きな議論を呼ぶことになった。
■ 本当の救い
2024年9月に言い渡された二審判決では、一審の懲役9年から懲役8年6ヶ月へと刑が減軽されている(罰金800万円は維持)。減刑の理由として裁判所が挙げたのは、彼女が詐取した金を貢いでいた先の元ホストが、一審判決後に被害者側へ1,800万円を弁済し、ホストクラブの元責任者も賠償金の支払いを予定していたことであった。あわせて、本人が「自分なりに反省を深めている」点も考慮されたとされる。
一方で弁護側は、過酷な家族関係や成育環境がホストへの過度な依存を生み、彼女自身もホストに利用された被害者的側面があると訴えた。しかし裁判所はこの主張を退け、ホストの売上に貢献するために金を得たいという動機は身勝手で酌量の余地はないとし、虐待など生い立ちの背景も詐欺行為を正当化するものではないとの姿勢を示した。彼女が騙し取った金のほとんどがホストクラブに消えていたという事実は、彼女を被害者とする根拠とはされなかった。判決はその後最高裁で確定し、彼女は受刑者となった。
SNSを通じて「弱者」を自称する人々が結びつき、特定の個人から金を奪い取る仕組みは、被害者だけでなく加害者自身をもさらなる不安定な人間関係へと追い込む結果を招いている。皮肉なことに、彼女の刑を半年軽くしたのは、彼女が貢いだホストによる弁済であり、その更生の足場を崩したのは、彼女が新たに依存した男だった。彼女が獄中で見出そうとした「本当の救い」とはなんだったのか。もはやその答えを知るすべはない。
以上
※著作権は、松本氏に属します。
※本稿は筆者の見解であり、IDFの見解を示すものではありません。

