コラム第946号:「国内医療セキュリティは地域単位で構想しよう」

第946号コラム:江原 悠介 理事(一般社団法人 Health ISAC Japan 事務局長)
題:国内医療セキュリティは地域単位で構想しよう

国内の医療分野におけるサイバーセキュリティ政策は、大きな転換点を迎えている。

2026年6月に経済安全保障推進法の基幹インフラ制度に医療分野が追加され、特定機能病院や社保・国保支払基金が指定された。
政府はその背景として、医療が国民生活を支える重要な社会インフラであることに加え、医療DXの進展によって医療情報システムのデジタル化・ネットワーク化が進み、サイバー攻撃等による障害が医療提供へ与える影響が大きくなっていることを挙げている。

経済安全保障推進法の基幹インフラ制度は、EDRやファイアウォールなど、特定のセキュリティ対策を病院に義務付ける制度ではない。
重要設備の導入・維持管理の委託に際して、設備の供給者や委託先等を通じて外部からの妨害が行われるリスクを事前にチェックする仕組みである。
医療機関の内部だけを見るのではなく、クラウド、ネットワーク、保守事業者、ベンダー等を含めて、医療提供体制を支えるサプライチェーン全体を管理する考え方である。

この動きと並行して、サイバー対処能力強化法も整備され、2026年秋から官民間の情報共有の仕組みが動き始めている。
重要インフラを経済安全保障とサイバー安全保障の両面から守るための制度的な枠組みが本格的に整いつつあるといえる。

ただし、医療分野にとって重要なのは、こうした制度変更を一部の病院だけの問題として捉えないことである。
その理由は、医療そのものが「一つの病院で完結する仕組み」ではなくなりつつあるからだ。

オンライン資格確認、電子処方箋、電子カルテ情報共有サービスなどの医療DXが進めば、医療機関、薬局、共通基盤の相互依存度は高まる。
政府も、医療DXの普及に伴い、関連システムの障害が診療や服薬指導等に影響する可能性を、医療を基幹インフラ制度へ追加する理由の一つとしている。

さらに、2026年度診療報酬改定や新しい地域医療構想から分かる通り、医療提供体制そのものが同じ方向に向かっている。
つまり、高度急性期、急性期、回復期、慢性期、外来、在宅、介護といった機能を一つの医療機関が抱えるのではなく、地域の中で役割を分担しながら患者を支える方向である。
「自院完結」ではなく「地域全体で患者を支える構造」、医療機関起点でなく、患者起点への視点の転換であり、急性期から包括期、慢性期、在宅へ患者をつなぐことが肝となっている

ここで一つのねじれがあることがわかる。
医療提供体制は地域単位の「面」で設計されはじめているのに、サイバーセキュリティは未だに個々の医療機関ごとの「点」で考えられがちなことである。

例えば、基幹病院で治療を受けた患者が地域病院へ移り、その後クリニック、薬局、訪問看護、介護サービスへつながっていくとする。
患者を支えているのは一つの病院ではなく、地域の医療・介護サービス全体である。
その中で基幹病院だけが高度なセキュリティ対策を実施しても、関連する診療所や薬局、訪問看護ステーション等が侵害されれば、地域医療全体へ影響が及ぶ可能性がある。

そこで今後必要になるのが、「地域医療セキュリティ連携」という考え方ではないだろうか。

例えば、基幹病院や地域の中核医療機関を中心として、地域病院、診療所、薬局、訪問看護ステーション、介護事業者等が参加し、それぞれの規模や機能に応じてセキュリティの資金を拠出する。
その資金を使って、監視、脅威情報共有、インシデント対応、デジタル・フォレンジック、バックアップ、教育訓練等を地域単位で共同調達し、運用する仕組みだ。

小規模な診療所や薬局に大規模病院同等のITやセキュリティの管理体制を求めることは現実的ではない。
しかしながら、これら小規模施設も地域医療を構成する重要なメンバーとして、一定のIT・セキュリティ管理は必要となる。
各施設が自ら守る領域と、地域で共同して守る領域を分け、限られた人材、資金、ノウハウを共有する方が、地域医療全体としてのサイバーレジリエンスを高めやすい。

2026年度の診療報酬改定や新しい地域医療構想が示しているのは、医療が「自院完結」から「地域完結」へ向かうということである。
そして医療DXはその地域内外をデータでつなぎ、さらに経済安全保障推進法はそれを支える基盤を社会インフラとして守る。

このように医療提供体制が「点」から「面」へ変わっていくのであれば、そのサイバーセキュリティもまた「点」ではなく「面」で守らなければ、医療現場の実態にあわないだろう。
これから必要になるのは、一施設ごとのセキュリティ強化だけではなく、「地域医療セキュリティ連携」という新しい単位で、患者を守る社会インフラのレジリエンスを考えることではないだろうか。

※著作権は、江原氏に属します。
※本稿は筆者の見解であり、IDFの見解を示すものではありません。