コラム第945号:「世界的な論争に発展したAI脅威論と日本の立ち位置」

第945号コラム:伊藤 一泰 理事(近未来物流研究会代表)
題:世界的な論争に発展したAI脅威論と日本の立ち位置

今年も天候不順な夏になりました。8月26日に発生したネパール・中国国境での大洪水は気温上昇により氷河が溶け出したことや降雨パターンの変化が、山岳地帯の斜面を不安定化し、壊滅的な大洪水の引き金になったと言われています。日本でも8月と9月に、千葉県を中心とする水害が発生しました。気候変動がもたらす被害が目に見える形となってきました。先行きの不確実性が高い状況は今後も続きそうです。

さて、この夏(8月・9月)の驚きは、気候問題にとどまりません。米国からもたらされたAIに関するビッグニュースです。AIが人類を滅ぼしかねないという「AI脅威論」がメディアを賑わしています。この情報について、詳しくトレースしてみましょう。

きっかけは、Anthropicの元AI研究者Jacob Coxon氏のXへの投稿です。これは、9月8日(米国時間)のことでした。彼がなぜ退職直後にこんな発言をしたのか不明ですが、同氏は「Anthropicの企業価値を上げるためにやったことではない」と言っています。同氏はこの発言の中で、「AIは今後10年以内に人類を滅ぼす可能性がある」と述べています。さらに、WIREDという雑誌の取材に対し、「今後1~2年が人類にとっての正念場(CrunchTime)だ」という表現で警告を発しています。これにはビックリです。

また、Anthropicのダリオ・アモデイCEOがCoxon氏の後に、AIの暴走を防ぐために「開発スピードをペースダウンすべき」と発言しています。トップと現場研究者が声をそろえて警鐘を鳴らす形となりました。アモデイ氏は「AI分野における中国のリードが米国や世界に重大な危険をもたらす」との認識も示しています。これにより、AIの将来を巡る議論は、米中の覇権争いも絡んで、国際政治の舞台で大きな論争を呼ぶことになりました。時あたかも、国連総会に出席するために米国を訪問する中国・習近平国家主席とトランプ大統領との首脳会談の直前であり、様々な憶測を呼ぶことになりました。

そして、トランプ大統領は、国連総会の演説の中で「AI(Artificial Intelligence)をSI(Super Intelligence)」と呼びたい」との意向を表明しました。これにもビックリです。
その趣旨は、「Artificial(人工的な)」という言葉が“偽物(fake)”のように聞こえる。だから“Super(優れた、すごい)”の方が実態に合っている」という考えだと言われています。いかにもトランプ大統領らしい発言です。これは9月22日(米国時間)のことです。すなわち、9月8日から22日のわずか2週間で、AIに関するビッグニュースが世界を駆け巡ったことになります。たぶん、10月以降についても、AIに関する騒ぎが続くことでしょう。

AIをめぐるこれらの動きについて、筆者個人としては、米国と中国という二大大国のマネを日本がするのは無理があるし、やるべきではないという考えです。

今、現在は、トランプ大統領などの発言はハチャメチャに見えます。しかし、米中という二大覇権国家の関係は、もっと「戦略的曖昧性」があるはずです。すなわち、意図的に対立関係を曖昧にして、リスクを回避する方向に流れるように思えます。米国の台湾政策が「戦略的曖昧性」の代表ですが、その曖昧さの深い沼に間違って突っ込んでしまった日本の高市総理は危ういと言わざるを得ません。

AIの暴走が危惧されていますが、そのときヒトは何ができるのでしょうか。世の中はどうなっていくのでしょうか。とても答えが出る問題ではないので、本稿では、触れないでおきます。変化する課題に柔軟かつ機動的に対応できるのが、ヒトの強みですが、AIエージェントの登場により、AIが自律的に、情報収集し、計画を立案し、実行手順を組み立てることができるようになりました。また、必要に応じて外部ツールと連携し、作業を進めるという高度なことも可能となっているようです。その間、ヒトの手は介さないので、気づいたら出来上がっているというイメージでしょうか。実際にやったことがないので、ちょっと想像がつきません。

話は変わりますが、「ドパガキ」という言葉が最近よく聞かれます。これは、 「ドーパミン中毒のガキ(若者)」という意味のネットスラングです。SNSのショート動画やソーシャルゲームなど、刺激の強い映像を次々と見続けてしまう若者(若者に限らないが)のことを指している言葉です。このように刺激の強いコンテンツに慣れ、常に次々と強い刺激を求めてしまうのは、SNSに限らず、射幸性の強い合法的ギャンブル(もちろん違法ギャンブルはNG)でも見られることです。現在の日本では、パチンコ・パチスロ機の開発において、「適度な射幸性に設計することが重要視」されている(SANKYOオンライン博物館より引用)とのことで、SNSやAIについても、この適度な設計が求められるのだと思います。
ちなみに「やめられない、とまらない」は、カルビー「かっぱえびせん」のキャッチコピーです。 個人的には大好きな名コピーで、心に残っています。「かっぱえびせん」などのお菓子依存なら、害は小さいかもしれませんが、AIに操られた世界中の人々が、仕事もしないで「ドパガキ」になっていくのは、恐怖そのものです。

AIに関して最も難解な問題は、AI開発のコストです。米国の巨大Tech企業は、最大数兆円の投資を行っています。日本企業にはとても無理な金額です。トヨタやソフトバンクが、その持てる資源(ヒト・モノ・カネ)をすべて投じるような規模です。でも、思うに、何も米国のマネをすることはありません。米国や中国が体躯のでかい「横綱」とすれば、日本は小兵の「関脇」にたとえられます。小兵は小兵の戦い方があります。土俵の中を機敏に動き回り、大型力士を翻弄することができるのです。

これまで、日本は「ものづくり」に長けた産業構造を作り上げてきました。AI開発についても、AIそのものが難しくても、AIを支える周辺産業には他国に負けないものがあります。その筆頭格は「半導体製造装置業界」です。その業界で代表的な企業は「東京エレクトロン(TEL)」です。筆者が思う世界の「関脇」企業です。TELの連結売上高は2兆4000億ほどであり、トヨタの50兆円超に比べると、はるかに小兵ですが、存在感は抜群です。
このTELは、半導体製造装置で世界トップクラスの企業です。半導体製造の核心的部分、すなわち塗布・現像装置では、世界シェアが約9割と言われています。成膜、エッチング、洗浄など幅広い製造工程をカバーしているメーカーであり、顧客はTSMC、Samsung、Intelなど世界の主要企業が名を連ねています。ちなみに、TELは1963年に東京放送(現:TBSホールディングス)の出資により設立された会社だというのも興味深いところです。

台湾企業のTSMCなど、各国の半導体メーカーは日本で巨大な工場を展開しています。熊本県に進出しているTSMCは皆さんご存じの通りです。TSMCは、特にAI向けの最先端半導体で、極めて重要な位置を占めています。NVIDIAやAppleなどの半導体を供給しているからです。名実ともに世界トップクラスの企業です。日本に来た理由は、立地の便や政治・社会的な安定性だといわれていますが、もっと深掘りすれば半導体製造装置メーカーの存在が浮かび上がってきます。

工場で活用するヒューマノイドロボットの開発が進んでいます。日本の「ものづくりの強み」を活かして、ロボット産業の振興につなげようとする動きがみられます。日本の産業用ロボットについては、かなり前から実績があります。日本企業は精密機械、モーター、センサー、制御技術に強く、ロボット本体だけでなく、部品や周辺技術でも競争力があります。経済産業省はロボット分野を日本の重要産業として位置づけ、研究開発や人材育成を進めています。

思えば、去年あたりから書店の売れ筋ラインにAI関連の書籍が目立っていました。多くはビジネスにAIを活用するためのハウツー本です。AIは道具にすぎず、AI技術の習得自体は究極の目標にはならないと思いますが、AIを使って得た情報や知識を、何のために、どう使うかが重要だと思います。

中国のデジタル戦略を表わす言葉に「東数西算(とうすうせいさん)」という言葉があります。これは、中国の東部で発生したデータ(数)を西部で保存・計算する仕組みを指す言葉です。広大な国土を有する中国は、上海・北京・シンセンなど人口の密集した東部・沿海部でAIの学習データを作って、データセンターなどのインフラを人口の少なく土地や電力が豊富な西部に立地させる国家的な政策です。「横綱」らしい政策だと思います。

日本でも、データセンターを北海道などに立地させている例(さくらインターネットの石狩データセンターなど)はあります。日本の場合は、地震など災害対策が経営上の重点事項であり(リスクマネジメント)、ディザスターリカバリ(disaster recovery)面の要請が大きいと思われます。これは、「関脇」として、精一杯の努力であり、評価されると思います。

AIが普及すると、AIそのものより「AIを動かす電力・データセンター・半導体・通信網など」が国家間の競争を左右するようになり、これらのAIインフラ整備が日本としての課題となってきます※この点については、コラム915号「AIの光と影」をご参照ください。

最後にAIに関する日本の立ち位置について私見を述べたいと思います。AI開発競争や米中のAI覇権争いに、正面からぶつかるのは、やめにしましょう。日本は小兵なりに、AIの周辺技術を磨き、インフラ整備をしっかりやれば、「米中おそるるに足らず」だと思っています。

※著作権は、伊藤氏に属します。
※本稿は筆者の見解であり、IDFの見解を示すものではありません。