第26号コラム「企業経営とデジタル・フォレンジック」

第26号コラム:伊藤 一泰 理事(関西国際空港用地造成株式会社 参与)
題:「企業経営とデジタル・フォレンジック」

1 企業経営の構成要素とIT技術の進展
古い教科書を見ると、企業経営を形作っている構成要素として「ヒト・モノ・カネ」の3要素があげられている。即ち、優秀な人材を獲得し、的確なタイミングで需要に見合った投資を行い、必要な資金を市場や金融機関から安定的に調達することが旧来の企業経営のポイントであった。今は、これに「情報」という要素が加わり、そのウエイトも漸次高まっている。現代の経営者は、如何にして迅速的確に必要な情報を得るか、そして、集積した情報をどのように有効活用し、適切に管理するかということに注力しなければならなくなった。
一方、IT技術は、我々の想像を超えたスピードで革新を遂げ、高度で複雑なものとなってきた。このため、一般企業の多くが、社内のリソースだけではIT技術の進展に対応困難な状態となり、外部の専門家に頼ることとなった。このような状況下、少なからぬ企業において、「情報を活用し管理する」という「本来業務」まで外部の専門家に丸投げするのが当然のようになっている。勿論、経営者の中にもITに詳しい人もいるし、ITに長けていなくても、正しい経営判断が出来る経営者も多いが、ITの利用に伴う社内の管理体制が不備のまま、IT技術の進展に伴う防御的投資とも言える情報セキュリティ対策が後手に回っている企業はかなり多いと思われる。

第25号コラム「日本企業とマネジメントシステム」

第25号コラム:熊平 美香 監事(財団法人クマヒラセキュリティ財団 専務理事)
題:「日本企業とマネジメントシステム」

デジタル・フォレンジックにおける企業の説明責任、J-SOX法への対応、ISMSにおける認証と、IT化の時代になり、企業には新たな取り組みが求められるようになった。これらの要求は、その目的および手続きには違いがあるものの、企業にマネジメントシステムの構築を求める。日本企業におけるマネジメントシステムの確立について、期待を述べてみたい。

<マネジメントシステムの前提となる役割・権限・責任の明確化>
日本におけるバブル全盛期の1989年、米国を訪れた際に、2つの日本では考えられない顧客対応に憤慨した経験がある。一つは、円をドルに換金する目的のために、銀行を訪れた時のことだ。順番を待ち、テラー窓口に行き、500ドル相当の円を渡して換金を求めると、100ドル以上は自分の権限では対応できないと言われ、別な窓口を紹介された。それから、3つの窓口をたらいまわしにされた末に、やっと500ドルを受け取ることができた。もう一つは、購入した家具をメーカーに取りに行った時のことである。窓口は、17時まで。私が到着したのは、17時1分。目の前には、片付けをしている受付担当者がいるのに、「窓口はもうすでに終了した。」と言われ、私は、翌日出直すことになった。マネジメントシステムの話になると、いつも、この2つの出来事を思い出す。日本では考えられないような顧客接点ではあるが、二人のアメリカ人は、役割期待に忠実に答えていただけである。確かに、顧客視点に立ったおもてなしやサービスという観点からは評価できないが、これが、マネジメントシステムの前提としての役割期待および権限の明確化なのである。

第24号コラム「マネジメントにおけるセキュリティを考える ~信頼の糧としての全数記録~」

第24号コラム:秋山 昌範 理事(マサチューセッツ工科大学 スローン経営大学院 客員教授)
題:「マネジメントにおけるセキュリティを考える ~信頼の糧としての全数記録~」

※ 本稿は、10/10(金)「ネットワーク・セキュリティ・ワークショップin越後湯沢」にて秋山理事が講演

された際の配布レジュメです。

1 信頼に必要なフォレンジック
医療における医師患者間の信頼関係においては、まず品質の良い医療をすることが大前提であり、質の高い医療をしているからこそ、フォレンジックが必要である。クオリティがあるところにフォレンジックがないとかみ合わないし、フォレンジックは品質を保証するための道具である。言動に責任をもつことで、「信頼」が得られる。医療において一番重要なことはTrust(信頼)である。Trust が必要になった背景は、嘘がばれるような世の中になったからことである。インターネットやグーグルとウェブ2.0、具体的にはブログや2ちゃんねるにより、裏側まで明らかになってきた。草の根情報が流通するようになったのである。その結果、医療に対する信頼感が揺らいできている。
そこで、デジタル・フォレンジックが必要になる。例えば専門家がなりすまして、2ちゃんねるに書き込んでは、歪んだかたちで世論を誘導することになる。フォレンジックを必要とするためには、まず守るべきものが必須である。守るべきものは、プライバシーである。