第182号コラム「証跡とログの区別~温故知新」

第182号コラム:佐藤 慶浩 理事(日本ヒューレット・パッカード株式会社 個人情報保護対策室 室長)
題:「証跡とログの区別~温故知新」

証跡という用語があるが、ログとの区別を付けていない場合がある。

ひどいときには、「証跡(ログ)」などと書かれていることがある。日本語だと漢字とカタカナでなんとなくあり得そうに見えるが、英語であれば、「trail(log)」と書いているわけで、異なる単語を同義語だと書いていることになり、それが如何に乱暴なことかは一目瞭然である。しかし、実は英語でもそういうことを書いてある場合がある。(笑)

IT技術者でも、証跡とログは、なんとなく違うとは思っていながら、その区別をはっきりと説明できる人は、実は意外に少ない。証跡は監査証跡という用語として使われることが多いために、それとアクセスログを並べて、目的が監査なのか、アクセス確認なのかの違いだと説明したりする。果たして、それは本当なのだろうか?ちょっと考えればわかるが、そんなはずがない。それらは証跡とログに付けた接頭辞の違いを言っているだけだ。そういうことを言う人には、「では、アクセス証跡と監査ログという用語は誤りですか?」と意地悪な質問をすることができる。
では、ぼくは知っているのか?知るはずがない。このコラムを書くために思いついたネタなのだから。
しかし、答えを知らないけれど、違う言葉を同義だと言ってみたり、接頭辞を付けて区別したフリをしてみたりすることが世のためにならないことは知っている。
そして、答えを知らないけれど、以下のように考えることはできる。

第181号コラム「暴力団排除条例と企業・病院の対応」

第181号コラム:木下 渉 氏(木下綜合法律事務所 弁護士、IDF会員)
題:「暴力団排除条例と企業・病院の対応」

今年の10月1日より東京都暴力団排除条例が施行され、これにより、47都道府県全てで暴力団排除条例が施行されることとなりました。

暴力団排除条例の内容は、各都道府県によって異なりますが、基本的には、企業・病院等の事業者が暴力団の威力を利用したり、暴力団の活動を助長するような取引を行うことを禁止し、事業者が暴力団との関係を絶つことを求めています。

暴力団の威力を利用することが許されないことは言うまでもありませんが、何が「暴力団の活動を助長する取引」に当たるのかは必ずしも明確ではないため、条例対応に追われる事業者の方から、「この取引は条例で規制されるのか」という相談をしばしば受けます。
事業者として条例に対応することは重要なことであり、経営者や法務担当者の方が「どういった場合に条例に違反するのか」を気にされるのは当然のことです。
しかしながら、決して勘違いして頂きたくないのは、「条例ができたから、暴力団を排除しなければならない」のではなく、あくまでも「暴力団を排除しなければならないから、条例ができた」ということです。

第180号コラム「危機管理の緊張を終えて」

第180号コラム:西川 徹矢 氏(前内閣官房副長官補)
題:「危機管理の緊張を終えて」

 2年振りにメルマガに投稿します。去る8月3日、内閣官房の職から退官し、これで、やっと危機管理という、365日、24時間常に気を張り詰めなければならない状態から抜け出すことができました。官邸から2キロ以内に住み、原則同5キロ以内に常時いなければならないという慣例があり、この間、東京から出られませんでした。

 退職後は直ちに身内の墓参りと技術の神様と崇める彌彦神社への参拝に大阪と新潟に出かけたほか、最後の約半年間向かい合った東日本大震災の被災地である福島、宮城、茨城等に出向きました。特に、半年経った今も、被災地の爪痕は深く、大震災の凄まじさを十二分に物語っており、胸打つものがありました。

 我々が危機管理に対処するには、非常情報を入手後、直ちに現場状況がどうなっているのか、事態が如何に推移すると見込まれるのか、当方の対応能力と具体的対応策で何にどのように対処し得るのかなどを刻々掌握し、被害拡大の連鎖を出来るだけ早い段階で断ち切ることが求め続けられます。
しかもその全ての段階で的確に情報が収集、整理、分析、評価され、その結果が具体的対応策として発動されなければなりません。理想的には、そこでは確度の高い、正確な情報が、必要なところに迅速に伝わり共有されていなければなりません。しかし、実際の現場では混乱や時間の制約など極限状態にあることが多く必ずしも全てが満たされることがないままに、状況に応じた、時々のベストプラクティスの決断が求められ、危険を承知しながらも遂行されて行きます。

第179号コラム「カルテの改竄について」

第179号コラム:伊藤 英一 幹事(新潟県立新発田病院 循環器内科)
題:「カルテの改竄について」

<はじめに>
いわゆる「電子カルテ」と言われる情報システムが数百床以上の規模の病院に導入されるようになって約10年が経過した。「電子カルテ」という呼称は診療記録の電子化(に重点を置く)というイメージをもたらしやすく、業務におけるITの活用という観点からは情報システムの名称として適切かどうか、以前から個人的には疑問であったが、「電子カルテ」に診療記録の電子化という側面があることは事実である。
医療機関において事故・紛争が発生すると診療記録は重要な資料・証拠となる。医療行為において刑事責任を問われることは実際には稀であるが、電子カルテの導入が始まった頃に、刑事事件における証拠性(あるいは証拠能力)が明らかになるまで電子カルテは導入しない、という考え方を聞いた記憶がある。
医療事故・紛争において、いわゆる「カルテ改竄」が問題になることがあるようであるが、その実態がどのようなものであるのかは不明な点が少なくない。従って、上記のような懸念が実際にどの程度に現実的なものであるかどうかも不明である(ここでは「カルテ」と「診療記録」は同義と考えることにする)。

第178号コラム「“想定外”は禁句か?」

第178号コラム: 野津 勤 幹事(株式会社システム計画研究所 特別顧問)
題:「“想定外”は禁句か?」

“想定外”は、すでに丸山監事がNo.173号で話題にされてます。内容的には繰り返しになり冗長ですので恐縮ですが、私にはそれだけ気になったフレーズです。

3月以降、“想定外”にヒステリックに反応するマスコミの言葉狩りに嫌悪感を覚えているのと並行して、結果責任のある立場からの“想定外”の発言が“責任回避あるいは対策をしていなかったことへの言い訳や正当化”をにじませていることも感じられます。

暫く前には“想定内です”と台詞も流行りました。

FTA(Fault Tree Analysis)とか色々の手法がありますが、コラムなので気楽に“想定するとは”を考えてみました。と言っても「下手な考え休むに似たり」でしょうけど。

“想定外”を言うには、「“想定する”とは何をすることか」を言う必要がありそうです。
広辞苑によれば、想定とは「ある一定の状況を仮に想い描くこと」とあります。
想定すなわち発生可能性のある事象を思い描いて、それへの対策を考え、その対策を構築し、実施する、と言うPDCAのサイクルが考えられます。
ある事象に対応するというのは想定していたことであり、対策があるならば想定していたことであり、想定外に対策をするのは論理矛盾と言えます。
「何が起きても大丈夫にしろ」というのは、無限の事象に対応するには、無限の資源(時間、費用)を要する事であり、解不能になってしまいます。事象を想定しなければ対策はとれません。実際の対策の構築(設計・製造)者にとっては、環境条件は所与のものであり、“想定外”の事象に対策することは期待されていません。オーバースペックなものを作ったとする評価になります。
役割によって、“想定外でした”と言い易い立場と言い難い立場があります。