第264号コラム「未来をつくるリーダーシップ開発」

第264号コラム:熊平 美香 監事(一般財団法人 クマヒラセキュリティ財団 専務理事)
題:「未来をつくるリーダーシップ開発」

今、私たちを取り巻くあらゆる分野で、過去に類を見ない地球規模での大変化が、猛烈な勢いで起きています。これらの変化は既存の秩序や制度を揺るがし、様々な混乱や摩擦を引き起こしています。そのような中、「これまでのやり方が通用しない」「何とかしなければと思っていても、どうすればいいのかわからない」と、多くの人たちが、組織や社会の閉塞感と自らの無力感や方向感の喪失を感じているのではないのでしょうか。こういった状況を打破し、日本が夢と希望が溢れる人々の社会となるように、私は、未来をつくるリーダーを育てるためのプログラムの開発を始めました。この活動をアンビショナーズ・ラボと名付けていますが、その初回の試みとしてリーダーシップ育成や組織・社会変革、起業に興味のある方々を対象にワークショップを先日、二日間に亘り開催いたしました。今回はワークショップでご紹介した、未来をつくるリーダーシップに必要な「8つの力と4つの価値観」をご紹介しましょう。

第263号コラム「理事就任のご挨拶とデジタル・フォレンジックとの出会い」

第263号コラム:手塚 悟 理事(東京工科大学 コンピュータサイエンス学部 教授)
題:「理事就任のご挨拶とデジタル・フォレンジックとの出会い」

去る5月21日開催のIDF第10期総会において、理事就任のご承認を賜りました手塚でございます。何卒よろしくお願い申し上げます。

今回のコラムを書くに当たり、どのようなテーマにするのかを考えておりましたところ、「デジタル・フォレンジック」に最初に本格的に出会った頃のことを思い出しました。あれは、確か2005年の春頃であったと思います。

当時「フォレンジック」という聞き慣れない言葉との未知との遭遇をしたわけですが、ファーストコンタクトをした場合には、全く避けて通るか、あるいは近寄ってじっくり調べてみるかのいずれかが人間の本能であると思います。当時の私は、情報セキュリティの分野で何か新しいものはないかとちょうど探しておりましたので、初めて聞いたフォレンジックという言葉に興味を抱きました。その上、フォレンジックの音の響きも私の脳裏には深く刻まれ、これは一体何なのだと非常に好奇心が湧いてきたのを記憶しております。

 そこで、米国で既に使われているフォレンジックを調査するため、知識もあまりないままに、2006年2月頃海外出張に出かけました。記憶にある範囲で当時の米国の状況について述べたいと思います。

第262号コラム「デジタル・フォレンジックと日本の将来―言語と論理の視点から―その1」

第262号コラム:辻井 重男 顧問(中央大学研究開発機構 教授)
題:「デジタル・フォレンジックと日本の将来―言語と論理の視点から―その1」

1.この題名は、言語解析的に見て如何?

この題名では、(デジタル・フォレンジック)と(日本の将来)の関係について考察すると言う意味に受け取られるかも知れませんが、私の意図は、「デジタル・フォレンジックの将来」についても「日本の将来」についても、言語と論理の視点から考えてみたいという点にあります。つまり、「(デジタル・フォレンジックと日本)の将来」です。

同じ構文でも、「晶子と鉄幹の将来」という題名なら、「(晶子と鉄幹)の将来」という意味に受け取る人が、「晶子と(鉄幹の将来)」より多いかもしれません。日本語の構文解析は、意味解析レベルまで上げないと難しいということの一例でしょう。「日本語の」と断りましたが、英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語など欧州語同士の翻訳には、通常、翻訳者のオリジナリティは認められないようです。単語レベルの形態素解析と文法レベルの構文解析で、機械的にやれるということでしょう。

このコラムでは、デジタル・フォレンジックにおける言語解析と論理学の導入、及び、日本文化における論理性について、2回に分けて考えてみたいと思います。